山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top  このエントリーをはてなブックマークに追加

スペイン内戦と海軍(第3回)

2.諸外国海軍の動向
 スペイン内戦というと、ゲルニカ空襲をはじめ、ドイツ・イタリアの介入があったことが知られています。
 しかし、形式的には、独伊両国を含む諸外国は内戦不干渉の立場を取っていました。独伊両国やソ連も含む国際的な不干渉委員会が組織され、武器輸出の制限が行われます。悪名高い「コンドル軍団」などは、不干渉に抵触しないよう「義勇軍」の形式を取って派遣されていたのです。
 そして、この不干渉の遵守のために、各国海軍による海上査察が実施されることとなりました。イギリスやフランス、オランダ等のほかに、独伊海軍も「査察」に加わり、多数の艦艇を派遣します。独・伊・ポルトガルが、一時脱退する事態もあったものの、内戦終結まで査察は続けられました。
ビルバオの戦艦オクラホマ ところが、この査察は多分に名ばかりのものでした。例えば、国粋派支配下のマリョルカ島の監視は、途中からは、国粋派を支援するイタリアの担当とされました。実際の行動も、各国海軍とも自国船舶の保護を重視することが多かったようです。(右画像は、1936年8月にスペイン北部ビルバオで撮影されたアメリカ戦艦「オクラホマ」艦上の写真。水兵が、収容した難民の子供を抱えている。)
 西洋海軍の伝統であるのか、前線の士官同士は比較的仲がよかったようです。マリョルカ島泊地で、英独伊の艦艇が、イギリスのサマーヴィルJames Somerville中将の指揮を受けたこともありました。独海軍司令官レーダーErich Raederは、『英海軍士官の中には、フランコ将軍への共感を隠そうとしない者が何人もいる』と述べています。この背景には、共和派が多数のスペイン海軍士官を処刑したことに対する共通の反感があったのかもしれません。

 イギリス海軍は、巡洋戦艦「フッドHood」など最も多数の艦隊を派遣しています。
 イギリス艦隊は、名目通り、かなり中立的ではあったようです。ただ、自国籍の貨物船が共和派支配地へ食糧輸送中に、国粋派艦隊に拿捕されそうになったときなどは、示威行動をして解放させたりしています。それでも、弱腰であるとの批判が英国内では起きたようです。おかげでチェンバレン失脚を恐れたイタリアが、潜水艦の暗躍を制限する一幕もあったといいます。
 また、難民や亡命者の輸送などの人道活動にも協力しています。撃沈された国粋派重巡「バレアレス」の乗員救助中、共和派航空機の誤爆を受け、死者1名を出しました。
 なお、「フッド」乗員の一人が内戦中の1937年から1938年に撮影した写真コレクションが、インターネット上に公開されています。

 イタリア海軍は「査察」の名目の下、国粋派支援に活動します。国粋派艦隊に寄り添うように行動し、事実上の船団護衛までしています。あまりに密着しすぎたか、輸送艦「バルレッタBarletta」は、マリョルカ島停泊中に共和派の誤爆で死者6名を出しました。
 さらに、多数の潜水艦を派遣し、共和派支配地へ物資を運ぶ船をほぼ無差別に攻撃しています。一説によると、水上艦艇による戦果も合わせ、商船20隻以上を撃沈破しているようです。乗船していた不干渉委員会の監視将校にも犠牲が出ていますし、あまつさえ英駆逐艦まで攻撃され爆雷で交戦しています。商船以外に、共和派の軽巡1隻と駆逐艦1隻を撃破しています。このイタリア潜水艦の暗躍は当時公然の秘密で、不干渉委員会は「国籍不明」潜水艦の掃討をする決議をしています。「国籍不明」外相とまで揶揄されたチアノ伊外相は、手記の中で、イタリアが査察することを「海賊がいまや警官になった」と嘯いています。
 当時活動したイタリア潜水艦のうち2隻は途中で国粋派海軍に譲渡され、さらに2隻が貸与されています。もっとも「貸与」された2隻は、内戦終結後にきちんと返却されていることや、最新鋭艦であること、乗員の練度の問題などから推測すると名目上の貸与で、実際にはそのままイタリア海軍が運用していたのかもしれないと思います。

 ドイツの場合、ヒトラーは当初艦隊の投入に消極的であったようです。しかし、海軍司令官エーリッヒ・レーダーの進言を受け、装甲艦「ドイッチュラントDeutschland」(旗艦:ロルフ・カールスRolf Carls中将座乗)、「アドミラル・シェーアA.Sheer」、軽巡「カールスルーエKarlsruhe」「ライプツィヒLeipzig」などを中心とした、水上艦艇の主力を派遣します。
 ドイツ艦隊もイタリア艦隊同様に、国粋派艦隊に密接して行動します。
 1937年5月29日、イビサ島沖に停泊中の「ドイッチュラント」は共和派機の誤爆を受け、死者31人に負傷78人という被害を受けます。3日前には独水雷艇「アルバトロスAlbatros」が誤爆を受けていたばかりの時でした。報復として、「シェーア」と水雷艇4隻がアルメリアAlmeriaの市街地を砲撃し、全壊家屋35棟、死者19人という結果を招きました。(E.グレイによれば、死者数百、家屋8000人分。)
 そして、ドイツ海軍も、「ウルスラUrsula作戦」の秘匿名で潜水艦2隻(「U33」「U34」)を派遣します。イタリアの場合と違い、これは当時知られていなかったようです。ウルスラ作戦は短期間でしたが、「U34」は共和派潜水艦「C3」を撃沈しています。
 このほか、軍事顧問として国粋派艦艇への乗艦もわずかに行い、重巡「バレアレス」沈没時に1名が戦死しています。

 ソ連も、不干渉委員会に加わっていましたが、共和派に対し「義勇軍」を送るなど支援を行っていました。海軍に関しても、「駐在武官」クズネツォフ海軍大佐を代表に計78人の海軍士官を軍事顧問団として派遣。さらに、魚雷艇4隻を乗員と共に供与しています。

Durango.jpg メキシコも、スループ「ドゥランゴDurango」(画像参照)を派遣し、共和派への物資輸送を行っているようです。同艦はスペイン製で、建造が遅れた姉妹艦のほうは国粋派に接収されて「カルボ・ソテロ」となっています。

 アメリカは、不干渉委員会にすら参加せずに局外中立を宣言しています。
 但し、自国民保護のため、戦艦「オクラホマ」、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻程度の小艦隊を派遣していました。駆逐艦「ケインKane」は、自国民救出作業中に国粋派に誤爆されています。

 日本海軍は、ほとんど関係を持っていません。国粋派陣営から駆逐艦の供与を要請されて、拒絶している程度です。陸軍は、国粋派側に観戦武官がおりました。
 なお、ジャック・白井をはじめ20人ほどの在米日系人が国際旅団の義勇兵に加わっていたことが、知られています。日本人の従軍記者の伝聞では、国粋派側の義勇兵にも数名の日本人がいたと言います(坂井米夫「動乱のスペイン報告―ヴァガボンド通信ー一九三七年」)。

第4回へ続く
スポンサーサイト
プロフィール

山猫男爵

Author:山猫男爵
ここは「塹壕文庫」「山猫文庫第二壕」に続いて三代目のブログになります。
連絡したいことがある方は、記事のコメント欄か、サイドバー下方のメールフォーム、あるいはツイッターから、お気軽にどうぞ。
Twitter:baron_yamaneko

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
参加企画
にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ
にほんブログ村 その他趣味ブログ ミリタリーへ
リンク
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール(不要ならそのまま):
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。