山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

スペイン内戦と海軍(第2回)

1.概要(承前)
(3)内戦におけるスペイン海軍の行動の概要
 スペイン内戦の勃発時に直ちに国粋派陣営に参加した海軍艦艇は、駆逐艦1隻、スループ1隻に留まりました。しかも、駆逐艦の方は艦内で下士官兵が士官を制圧する「革命」が発生し、すぐに共和派に復帰します。反乱の謀議は陸軍主導でありましたが、海軍でもハビエル・サラ総参謀長など、それなりに謀議に参加していたとされます。しかし、共和政府がクーデター予防策として実施した人事異動の影響で、反乱計画が変更されたため、陸海軍が十分に連携できなかったようです。
 反乱勃発後、艦隊では次々と革命が発生。艦隊勤務のほぼ全ての海軍士官は、監禁された挙句に処刑されてしまいます。以後、共和派艦隊は、各艦ごとの人民委員会指揮による「民主的」操艦をすることになりますが、これにより効果的運用ができなくなってしまいました。
 一方の国粋派は、海軍力確保のため、軍港エル・フェロルel Ferrol、カディスCádizなどへ侵攻。停泊中の艦隊と数日の交戦の後、投降させることに成功します。

 かくして、両陣営が確保した初期兵力は、以下のようなものでした。
共和派:戦艦1隻、軽巡3隻、駆逐艦14+2隻、潜水艦12隻、スループ1隻、水雷艇8隻
国粋派:戦艦1隻、重巡+2隻、軽巡2隻、駆逐艦1隻、スループ4+1隻、水雷艇5隻、敷設艦+4隻
 (注1)A+Bの表記は、現役+建造中の意。未成艦は内戦中に完成した分。
 (注2)国粋派の軽巡のうち1隻は、改装中の上、接収時の戦闘で損傷。

 加えて、両陣営とも、トロール漁船などを徴用して特設艦艇としています。
 内戦中には、国粋派はイタリアから、駆逐艦4隻・潜水艦2隻・魚雷艇4隻を獲得し、潜水艦2隻を貸与されています。ドイツも魚雷艇5隻を国粋派に供与しています。さらに、イタリアとドイツの艦艇は直接戦闘に参加しています。一方の共和派も、ソ連から魚雷艇4隻を乗員ごと派遣されています。(諸外国の介入については第3回を参照

 両陣営の海軍の主要な任務は、海上交通線確保と敵の交通妨害、艦砲射撃による陸上支援でした。
 海上交通線に絡む制海権戦略上の焦点となったのが、ジブラルタルGibraltar海峡と、ビスケー湾ビルバオBilbao沖海域、地中海のバレアレスBaleares諸島の3ヶ所です。ジブラルタル海峡は、序盤はアフリカ植民地と本土との間の国粋派の移動を巡って、後半にかけてはバスク地方政府と共和派本隊との交通線を巡って、しばしば海戦の舞台になりました。ビルバオはバスク地方の要港で、共和派陣営についたバスクへの海上補給線の終着駅でした。バレアレス諸島は、黒海方面からの共和派への援助ルート上の要衝です。バレアレス諸島の主島マリョルカMallorca島は、国粋派の蜂起によって制圧されてしまっています。マリョルカ島のパルマPalmaには、国粋派艦隊に加え、イタリアの海・空軍が展開します。共和派も奪還を試みますが、結局失敗に終わります。
 艦砲射撃は、内戦の全期間を通じて、両軍が盛んに行っています。

 呼称付の、ある程度の規模な海戦は、4回起こっています。一度目は、海峡警備の共和派艦隊を国粋派巡洋艦部隊が駆逐した、エスパルテルEspartel岬沖海戦(1936年9月29日)です。二度目と三度目は、いずれも国粋派重巡が共和派の護送船団を襲撃したマチチャコMachichaco岬沖海戦(1937年3月5-6日)とシェルシェルCherchell岬沖海戦(1937年9月7日)。最後は、船団護衛中の国粋派艦隊と、マリョルカ島奇襲を計画した共和派艦隊が遭遇戦になった、パロスPalos岬沖海戦(1938年3月5-6日)です。ここでは、国粋派旗艦の重巡「バレアレス」が撃沈される最大の戦闘になりました。
 このほか、名も無い水上戦が何度か起きており、数隻が沈んでいます。

 水上戦以外に、後の第二次世界大戦の様相を予感させるような、艦船に対する空襲がしばしば起きています。陸上が、戦略爆撃や装甲部隊による電撃戦など、第二次大戦の実験場になっていたのと同様、海上でもそうした現象が起こっていたのです。
 最終的に共和派艦隊をスペインの海から追い払ったのも、航空機の力でした。内戦終結直前、制空権を失いマリョルカ島などからの空襲に晒された共和派艦隊は、これ以上の空襲には耐えられないと出港したまま帰らず、仏領チュニジアのビゼルタBizerteへと逃亡、抑留されてしまうことになるのです。

 内戦終結までに、共和派は戦艦1隻・駆逐艦3隻・潜水艦10隻・スループ1隻・水雷艇6隻を失いました。
 一方の国粋派も、戦艦1隻・重巡1隻・スループ1隻・水雷艇1隻が沈んでいます。
 残存艦艇の多くは、その後のフランコ政権の海軍に所属し、かなりの長期間にわたって使用されました。フランスに抑留された艦艇も返還され、同様に使用されています。沈没艦の多くも浮揚され再使用されました。イタリアの貸与潜水艦2隻は返却されましたが、第二次大戦中に、イタリア艦として戦没しています。(第3回へ続く
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