山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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一九四五年夏 最後の日ソ戦

 一部では有名な「サッカー戦争」が、やっと正式に終わったそうです。
 『「サッカー戦争」に終止符 中米2国、国境画定で署名』(共同通信)
 初めてこの戦争を知ったときは、冗談かと思いました。背景事情が色々あって、サッカーはあくまできっかけだったようですが。

 一方、地球の反対側では、竹島辺りが、きな臭いようです。まさかとは思いますが、サッカー戦争を考えると、何が開戦のきっかけになるか知れたものではないとも思えてきます。

 もうひとつ、サハリン(樺太)で捕虜になった元日本兵の方が、一時帰国を果たしたという、こちらは救いのあるニュース。この方の戦争は、やっと終わったのかもしれません。


中山隆志「一九四五年夏 最後の日ソ戦」
                 (中公文庫,2001年)

一九四五年夏 最後の日ソ戦 (中公文庫)総合評価:★★★★★
 1945年8月15日、日本、ポツダム宣言受諾。
 しかし、終戦を迎えたはずであるこの日、日本の北辺「樺太」では依然として戦闘が続いていた。守備する日本軍と、侵攻したソ連軍との間の戦闘は、千島列島へまで拡大していく……。
 本書は、樺太・千島での細かな戦闘の経過を中心に、戦前の領土問題の経過や、交戦結果の戦後への影響まで、幅広い資料分析により、その戦いの全貌を明らかにしようとするものである。
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エンデュアランス号漂流

アルフレッド・ランシング「エンデュアランス号漂流」
   山本光伸訳(原題“ENDURANCE”) (新潮文庫,2001年)

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)総合評価:★★★★★
 1914年、南極大陸横断に挑む英国シャクルトン探検隊は、帆船エンデュアランス号に乗り込み、南極大陸をめざした。『至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。耐えざる危険。生還の保障なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。』
 ところが、上陸を目前に、流氷によって囲まれて、航行不能に陥る。船は頑強に圧力に耐え続けたが、9ヵ月目に沈没してしまう。
 氷原に取り残された隊員たち。救援は期待できない。シャクルトン隊長は、自力での生還を決意して、全員を出発させる。総勢28名。目的地は、560km先、緊急備蓄のあるポーレ島へ。
 17ヶ月に及ぶシャクルトン隊の漂流を、隊員の手記や写真など豊富な資料によって描き出したノンフィクション。

オコ・サマランチ会長

 先日書いた幻のバルセロナオリンピックについて、もう少し。
 せっかく見つけた小ねたがあるので、残りも使ってしまおうというだけの話なのですが。

 1992年バルセロナ大会の主会場となったのは、モンジュイックの丘にある「オリンピックスタジアムESTADI OLIMPIC」ですが、この競技場は、1936年の幻のバルセロナ五輪でも使われるはずだったのです。前回書いたカザルス氏の演奏があったのが、ちょうどここ。
 92年大会のときには、客席数を増やすために、競技フィールドを11mも掘り下げたそうです。つまり、カザルス氏が指揮していた辺りは、客席ないしは空中になってしまったということでしょうか。

 バルセロナ大会頃の国際オリンピック委員会IOCのサマランチJuan Antonio Samaranch会長は、スペイン出身です。この人の経歴が、なんともスペイン現代史を感じさせる気がします。
 1920年バルセロナで誕生。バルセロナが、オリンピック誘致を始めた年。
 おそらく青年期から、国家主義政党ファランヘFalange党員であったようです。内戦後のフランコ政権下では、スポーツ相などを務めています。
 1980年にIOC会長就任後はオリンピックの大改革を進めます。まあ、賛否両論あるようですけれど。
 そして、1992年にバルセロナ大会を実現。彼の側近によると、サマランチ氏自身は誘致に動いていないということですが、彼の影響が大きかったのは否定できないでしょうね。このバルセロナ大会は、スペイン民主化完了の象徴と言われます。

 バルセロナ五輪のことをスペインで話題にするときには注意が必要だと聞いたのですが、本当なのでしょうか。バルセロナのあるカタロニア地方以外の人に対して、お世辞のつもりでバルセロナ大会を褒めたりすると、えらいことになるとか。
 私は直接スペインの方と会ったことが無いのでわからないのですが、ありそうな話に思えます。五輪ではないですけれど、バルセロナ辺りで、「レアル・マドリード」を褒めると石を投げられそうな予感はいたします。

スペイン戦争

 コメントでHAUS氏が指摘してくださった三野正洋「スペイン戦争」を、某区立図書館でチェックしてきました。
 すでに絶版となっている本ですが、参考までに書評を加えておきたいと思います。


三野正洋「スペイン戦争」
            (朝日ソノラマ文庫,1997年)

総合評価:★★★☆☆
 日本では政治史として語られることの多いスペイン内戦を、軍事的視点からまとめた一冊。政治背景、陸海空の主要戦闘、諸外国軍の動向など。政府軍・反乱軍双方の使用兵器については、写真も交えながら解説。年表付。
 正直なところ、少し期待はずれといわざるを得ない本でした。もっともネット上の書評を見る限り、非常に評判の良い本であったので、私が期待しすぎていたせいもあるのかもしれません。(その辺考慮すると、★もう一つか迷うところ。)

その日には、また第九を

 今日、4月7日は、スペインがモロッコ保護領を放棄した日だそうです。1956年、ちょうど半世紀前の出来事。
 そして、昨日のことになってしまいましたが、4月6日は、第1回近代オリンピックの開会の日だったそうです。1896年、アテネでのこと。

 「スペイン」「オリンピック」と来れば、第25回のバルセロナ大会(1992年)が思い出されるわけです。岩崎選手凄かったですぢゃ。
 実は、このバルセロナでオリンピックが計画されたのは、これが初めてではなかったのだそうです。
 それは、1936年の第11回大会のときのこと。この大会のために、スペインは1920年から招致準備を重ねてきていました。1931年に行われた開催地投票の時には、当然、本命と見られていたようです。

 ところが、4月27日にバルセロナで行われるはずだった投票は、なんと不成立になってしまいます。委員の多くが欠席してしまったのです。原因は、直前に人民戦線内閣が成立していたことにありました。身の危険を感じた貴族出身委員らは、スペイン入国を拒否したのです。
 やむなく、電報による投票が行われます。5月13日の開票結果は、バルセロナ16、ベルリン48、棄権8。バルセロナは、敗れました。

 ナチスドイツの威信を賭けベルリンで開かれた第11回大会が、大成功に終わったことは有名かと思います。

 腹の虫が収まらないのは、バルセロナです。
 そこで、ベルリンオリンピックにぶつける形で、もうひとつの「オリンピック」を計画します。これが、通称「人民オリンピック」です。
 反ファシズムや共産主義の流れに乗って、人民オリンピック計画は(内輪的に)大いに盛り上がります。フランス選手団1500人をはじめ、23カ国6000人以上が詰め掛けていたと言います。うち、かなりは共産党関係者だったようですが。
 8月に予定されたベルリン大会の先を越すべく、開会は1936年7月20日と決められました。元は22日だったところを、さらに繰り上げたとか。

 その、まさに開幕直前という7月18日に、スペイン陸軍によるクーデターが発生。スペイン内戦が勃発してしまうのです。
 バルセロナのモンジュイックの丘「オリンピック・スタジアム」では、当時、前夜祭の最終リハーサルの最中でした。ベートーベンの「交響曲第9番」を指揮していた高名な音楽家パブロ・カザルスPablo Casalsは、報せを聞いても、最後まで演奏を行わせました。演奏が終わると、『この国に再び平和がもどる日がくるでしょう。その日には、また<第九>を』と言ったといいます。それから楽士達が外へ出ると、すでに市街戦に備えてバリケード建設が始まっていたとか。

 結局、こうして人民オリンピックも中止になったわけです。
 バルセロナでも、すぐに反乱軍との市街戦が始まり、選手団の一部はその戦闘に加わっていったと聞きます。あるアラブ人選手の「活躍」などが、英国の共産党紙には報じられています。一説によると、この選手団が、後の国際義勇軍の母体にもなったとか。はっきりはしないようですが。

 宝塚歌劇団宙組が、この人民オリンピックから内戦を舞台にしたミュージカル“Never Say Goodbye”を上演中だそうです。5月8日までの予定とのこと。どの程度史実に沿ったものかは別として、興味がある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。


<参考文献>
(財)JOC監修「近代オリンピック100年の歩み」(ベースボールマガジン社,1994)
川成洋「幻のオリンピック」(筑摩書房,1992)

中立国の戦い―スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標

 「スペイン内戦と海軍」シリーズの参考にした資料を、もう一冊ご紹介しておきたいと思います。

飯山幸伸「中立国の戦い」
            (光人社文庫,2005年)

中立国の戦い―スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標 (光人社NF文庫)総合評価:★★★★☆
 「中立国」は、いかにすれば平和と独立を保つことが出来るのか。第二次世界大戦中、戦場に近接しながらも、かろうじて独立を維持できた中立国3国(スイス、スウェーデン、スペイン)の政治的背景や外交的・軍事的努力をまとめた一冊。その他の中立国(トルコ、イラン、アルゼンチン、アイルランド、ポルトガル)についても簡単に記す。巻末に、参考文献一覧、中立各国の軍備の概要表付属。

 中立国というのは、それほど美しいものではないということは、割合に知られるようになっているかと思います。例えば、最近よく名前を聞くスイス銀行が、ナチス・ドイツがユダヤ人や占領地で吸い上げた秘密資金の運営に、使われたというような「黒い」お話があります。
 ただ、スイスをはじめ中立国は、そういう後ろ暗い迎合ばかりをしていたわけではない、ということを総合的にまとめたのが本書です。

「地球の長い午後」

 暖かく鼻のむずかる日。
 鼻の感覚が無くなって、鼻水が出ているのか否かわからなくなっています。人としての尊厳の危機です。やむなく、ティッシュを箱ごと抱えて、常時鼻をぬぐっています。


ブヲイアン・W・オールディス「地球の長い午後」
                   (ハヤカフ文庫,2006年)

 謎の重力源の接近により、地球は崩壊の危機に瀕した。
 幸い、人類の英知を結集し、地殻の崩壊と言う最悪の事態は回避される。
 しかし、空間的な方向へのエネルギー解放を妨げた結果、膨大なエネルギーが時間軸に干渉、地殻が時間方向に展開延伸され、地球表面からは、常に太陽が午後4時の位置に観測されるようになってしまった。

 永遠の午後四時を生活する少年の生活を描いた表題作のほか、最初に重力源干渉に赴き地球を救った「特務艦サンダーチャイルド」、状況解明に努める物理学者を描く「コペルニクスの憂鬱」、200年後に帰還したサンダーチャイルドの視点から、地球の客観的状況を明かす、種明かし的作品「ドーナツの作り方」の 4編からなる短編集。
                        (続きは読めない)
プロフィール

山猫男爵

Author:山猫男爵
ここは「塹壕文庫」「山猫文庫第二壕」に続いて三代目のブログになります。
連絡したいことがある方は、記事のコメント欄か、サイドバー下方のメールフォーム、あるいはツイッターから、お気軽にどうぞ。
Twitter:baron_yamaneko

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