山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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アイスランド捕鯨停止と鯨肉汚染の実態

『アイスランド、不採算で捕鯨を中断 対日輸出できず』(産経2007年8月27日)
『幹部は「日本政府と食品安全基準や輸出許可について交渉中だが、まだ結論には達していない」と話している。』(一部引用)

 アイスランドは、ノルウェーと並ぶ近時の主要な商業捕鯨国でした。
 といっても、今年度の計画ではミンククジラ30頭にナガスクジラ9頭といった商業枠設定(他に調査捕獲のミンククジラ30頭)。日本の調査捕鯨(ミンククジラ1000頭強など)よりも、だいぶ小さい規模です。

 興味深いのは、日本への輸出が実現できなかった理由が、食品安全基準、ようは有害物質の蓄積という点です。
 日本の調査捕鯨が行われている北西太平洋や南極のミンククジラ類では、一応、安全という扱いになっています。(例外的に北西太平洋産のうち、皮脂に関してはPCB濃度が暫定基準超えてますが。)
 これに対し、アイスランドからの輸入だけが問題になっているというのは、それだけ大西洋海域の汚染が高度ということなのでしょうか。それとも、実質的には国内捕鯨保護のための障壁が設定されているのでしょうか。
 そういえば、ノルウェー産の鯨肉輸入の話も、現在どうなっているのか聞きませんが、同じ事情で止まっているのでしょう。

 ちなみに、かなり高度のPCB・水銀汚染が確認されている国内産ハクジラ類については、食事指導の対象とはされつつも流通制限はされていないようです。
 後掲参考資料の厚生労働省と鯨類研究所の共同研究を見ると、中国産ウナギ(詳細不明も1.5ppmという例がある)も真っ青の水銀(紀州産ハンドウイルカ筋肉のメチル水銀平均値で6.6ppm)が検出されているようです。国内の暫定基準値(メチル水銀で0.3ppm)をはるかに超える汚染度です。
 こうしたハクジラ類の基準を単純に当てはめる限り、大西洋の汚染が高度だというだけでは説明できなさそうな気がします。データを見ない限り結論は出せませんが、やはり、何かもう少し大人の事情がありそう。

 ところで気になったのですが、基準が「暫定」規制値というのはどういうことなんでしょうか。
 1972・1973年に、PCB・水銀について、厚生省(当時)がそれぞれ設定したもののようですが、その後、30年以上経っても正式規制値の設定は行われていないのはどうなんでしょう。

参考
鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について」(厚生労働省)
妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項の見直しについて」(厚生労働省)
中国産のウナギから水銀」(朝鮮日報2002年8月9日)
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うさん臭い魚介には蓋をする?

『魚介類すっきり チョウセンハマグリなどハマグリに統一』(産経iza)
『「シナハマグリ」「チョウセンハマグリ」もハマグリでOK-。水産庁は、小売り販売の際に使える生鮮魚介類などの名称に関するガイドラインを見直し、関係団体などに通知した。原産国を記せば種にかかわらず「ハマグリ」とし、アキサケやトキサケなどの季節名も表示できるようになる。これまで「標準和名」の基本が厳密すぎて混乱を招いていたためで、「消費者の理解や流通の実態に近づけた」という。』(以下略)

 先日、鰻製品の原産地表示制度が割合にしっかりと整備されているので感心したのですが、このガイドラインにはあまり感心しません。(高級魚風の名称への規制や地方名に関する考え方などは理解できるんですが。)
 消費者の理解の実態に近づけたというのですが、あるべき理解の水準・情報提供の水準が前提として問題にされるべきです。たんなる現状追認では意味が無い。
 仮に、理解の一般的な水準が低くとも、知りたい人がいた場合に調べる手がかりとして、もっと理解する手がかりとして、種名はあるていど厳密であるべきです。

 個別的な適用に関しても、ちょっと疑問があります。
 例えば、ハマグリとチョウセンハマグリでは、味に違いがあるとするのが流通側の認識のようです。波崎漁協でも、『国内産はまぐりでも、内湾性(引用注:ハマグリ)のものと外洋性(引用注:チョウセンハマグリ)のものでは味が違います』としています。
 素人が普通に食べてわかるかどうかは別としても、一応の実態として区別されてるんです。

 混乱を招く(「あら、普通のハマグリは置いてないの?」)とかいうことは、わからないでもないですが、だから表示しないというのはいささか乱暴すぎる気がします。
 詳しく表示してあれば、例えば、昔のハマグリが採れなくなって、チョウセンハマグリに頼らざるを得ない環境になっていると気付きます。身近なことから環境を考える良いきっかけになります。
 そう、おおげさにいえば、食卓から地球環境に思いを馳せる食育の機会が奪われようとしているのです。はい、少し大げさに言い過ぎました。


追記
 チョウセンハマグリの和名の由来は、「朝鮮」ではなく「汀線」だという説もあるようで、茨城県の波崎漁協などはそうした見解を取っています。同県は、チョウセンハマグリの主要産地のようです。
 私は、単純に朝鮮はまぐりだと思うのですが。汀線というのは波打ち際のことですが、前述の通り、チョウセンハマグリはもっと沖の方に生息する種類です。朝鮮~という和名は多いですしね。

 国内ではチョウセンハマグリが主流と書きましたが、さらにいうと、輸入物のシナハマグリがハマグリ類消費のほとんどを支えるのが真相のようです。
 ハマグリの最大産地の有明海では、1970年代の1/20の150tに減少。チョウセンハマグリでも、鹿島灘で1000t以上だったのが700tに。両種合計で国内漁獲2000t以下(かつては30000t以上)といいます。うち7割以上はチョウセンハマグリ。
 一方、シナハマグリを主力とした輸入は、25000tから30000tと言います。

参考資料
「魚介類の名称のガイドライン」のとりまとめについて』(水産庁プレスリリース2007年7月30日)
波崎漁業協同組合」公式サイト。鹿島灘はまぐりについてのQ&A等。
蜃気楼をつかめ』(「Sophia Forest」より)

スチュアート戦車vsスチュアート戦車

 日本陸軍が、太平洋戦争時にフィリピンやビルマへと侵攻した際、米国製のM3軽戦車に手を焼いたと言われます。
 特に「スチュアート」の名で英軍向けに供給されたM3は、日本軍の95式軽戦車5両(戦車第2連隊第1中隊の主力)と交戦をした3月4日の一方的な勝利で知られます。その威力に驚いた日本軍は、3月8日には緊急対策を取りまとめているほどです。
 故障したM3軽戦車が鹵獲されると、日本軍は喜んで装備しました。

 敵味方が同じ兵器を使っていたとなると、直接対決はあったのかが気になります。
 ネット上の情報を掘り返すと、日英双方に、おそらく同じと思われる戦闘の記録が残っているのを発見できました。直接対決の一例として、ここにまとめることにします。

 英軍の記録によると、戦闘のあったのは1942年5月2日(あるいは3日)のことです。場所は、モニワMonywa付近からカレワKalewaへ続く街道上。
 日本側の記録によると、両軍とも5両ずつのスチュアート戦車を装備していたといいます。日本側は捜索連隊系列の部隊(後にインパール作戦参加ということと合わせ考えると第33師団の歩兵団装甲車中隊か?)で、94式軽装甲車に替えて装備していました。
 一方の英軍側の記録によると、英軍側のスチュアートは、第7機甲師団「砂漠の鼠」の第7機甲旅団第2王立戦車連隊に所属するものでした。歩兵部隊を掩護しながら、インドへ向かって敗走する途中です。

 英側によると、この日、1両の英軍スチュアートが、運悪く履帯の脱落を起してしまいます。強行軍の影響のようです。やむなくC中隊所属の1両が護衛に残され、修理完了後、追及することになりました。
 前述の日本側の記録とは異なり、この時点で英側は2両だけのようです。下士官が指揮官とあるので、2両が事実のような気がします。(実はそもそも別の戦闘ということも考えられますが)

 修理が終わらないでいる明け方(英側によると0400時)、追撃の日本軍スチュアートが追いつきます。停車中の英軍スチュアートを発見した日本側は、すかさず発砲。見事に2両に命中させて、うち1両を炎上させます。
 英側によると、スチュアート戦車の接近に気付いた英軍下士官は、攻撃を受けるまで、英軍戦車だと思い込んでいたのだと言います。ところが、その「スチュアート」の中から日本語の叫びが聞こえると同時に、発砲があり、英軍戦車は被弾炎上してしまったのでした。

 英側の記述には出ていませんが、日本側も無傷では済みませんでした。炎上で照らし出された先頭車(小隊長車)が被弾しています。
 損傷戦車が道路を塞いでしまったため、追撃は行われず、これで戦闘は終わったのでした。道路の狭さは英軍も記録しており、道幅12フィートしかなかったとあります。
 正面切っての戦闘ではないですが、スチュアート同士の対決が、双方の記録で確認できる貴重な例ではないでしょうか。

追記
 軍事趣味者という因果な目から見ると、興味深いなどと言っていられますが、細かい戦例を見ていると戦争の悲惨さを強く感じます。特に、今回のように両軍の記録を対比していると、人間同士が殺しあっているというのがはっきりして余計に。
 これもわずか数分の戦闘でしたが、惨いものです。炎上した英軍戦車の乗員は戦死し、日本側も小隊長ら2名が重傷を負っています。
 その中で、戦意を失った英兵を撃てなかったという、日本側の記録者「Kさん」のお話が、かすかな救いのように感じました。

参考
『特別寄稿・スチュアート戦車に守られて』(「スチュアート戦車を偲ぶ会」より)
“Campaigns and engagements-1942”
  (“The History of the British 4th and 7th Armoured Brigades”より)
プロフィール

山猫男爵

Author:山猫男爵
ここは「塹壕文庫」「山猫文庫第二壕」に続いて三代目のブログになります。
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Twitter:baron_yamaneko

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