山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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人民の敵たち

 第二次世界大戦前、ソ連赤軍にはスターリンの粛清の嵐が吹き荒れていました。ノモンハン事件で名を上げたジューコフは、その功績でかろうじて生き延びたともいいます。もちろん、ノモンハンに関わりながら、生き延びられなかった人々もたくさんいました。

 ジューコフによれば、第一次ノモンハン事件時の第57特別軍団首脳部は、みな日本のスパイだったのだと言います。参謀長クーシチェフ、参謀長補佐官トレチャコーフ、作戦課長イヴェンコフらはみなスパイ網の一員だったのだそうです。ジューコフによれば。
 イヴェンコフは第一次事件では前線に出てブイコフ支隊の指導にあたっていた人物ですが、そんな人物が内通者だったとは大変です。
 みな1939年6月のジューコフ赴任と入れ替えに転任し、4ヵ月後に「人民の敵」となってしまいました。

 第二次事件でジューコフの同僚だった人々も、実は「人民の敵」でした。
 直属上司でチタ前線集団司令官だったシュテールン。ジューコフが出した脱走兵などの銃殺命令数百件を取り消すなど、明らかなサボタージュを行いました。おまけにユダヤ人でした。
 航空部隊の総指揮官だったスムシュケヴィチ。墜落して脚を負ったみっともない男でした。この男もユダヤ人です。
 このような連中がいながら、幸いジューコフの最高傑作のおかげで偉大なる祖国はハルハ川紛争に勝利しました。後に2人は正体が露見して、1941年10月28日に揃って銃殺となりました。ウラー!

 ペレストロイカ頃からロシア軍内部ではノモンハン事件の研究が一部で盛り上がっているそうで、その背景にはシュテールンらの名誉回復という意味合いもあるのだと言います。

参考文献
田中克彦「解説」(シーシキン他「ノモンハンの戦い」(岩波現代文庫、2006年)より)
マクシム・コロミーエツ「ノモンハン戦車戦」(大日本絵画、2005年)
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