山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

日本の戦時商船塗装がカウンターシェイド迷彩であったことを示す史料

1 日本商船の大戦後期仕様迷彩
外舷2号色系迷彩 太平洋戦争後期、日本商船の多くは緑色の迷彩塗装を施されていました。いわゆる外舷2号色系迷彩というもの。

 当時の日本では、有事の商船保護のため船舶保護法(昭和16年法律第74号)という法律があり、その第3条1項が、「命令」(注1)の定めるところにより、海軍大臣(またはその委任を受けた海務院長官(後に海運総局長官))が船主等に対して戦時に船の設備について必要な指示を出す権限を与えていました。この条項にいう「命令」としては船舶保護法及関東州及南洋群島船舶保護令施行規則(注2)が制定されており、その第5条で海務院長官(後に海運総局長官)が船舶保護法3条の規定により運航業者や船主に船舶の自衛設備などに必要な指示を出せることになっていました。
 件の緑色の商船迷彩も、この船舶保護法に基づく海運総局長官の船舶保護指示第29号(注3)として定められたものです。なお、この緑色の外舷2号色系迷彩が採用される以前には、「防空鼠色」(外舷1号色系迷彩とも)という紺青顔料の入った青みがかった灰色が使われていました。

SS_TatsuyouMaru.jpg 外舷2号色系迷彩はおおむね右上のイラストのような塗り分けになります。その下の画像は2A型戦標船の実物写真(注4)で、白黒写真ですが、実際に舷側が塗り分けされていることが判ります。ただし、水線部の塗装は指示通りに実施されたのか疑問もあるようです。2号色水線塗料は「赤色水線塗料の代用品」と書いてあり、既存の赤色水線塗料が調達できるかぎりはそちらを使い続けていたのかもしれません。

2 理論的根拠についての仮説
 右上イラストのように船体の船首尾部分を舷側中央より明るめの色とする迷彩塗装について、何か理論的根拠があったのでしょうか。
 この点について、『モデルアート5月号臨時増刊―軍艦の塗装』(以下『軍艦の塗装』)では、船体を小型に見せかけて距離測定を誤らせる狙いだったようだとしています(加藤、8頁)。同書は、米海軍のメジャー8系迷彩(巡洋艦の船体の一部を明るい灰色に塗り分けて駆逐艦に見せかける方式)に似た方式と述べます。
 一方、岩重多四郎が、カウンターシェイド迷彩の理論に基づいているとの仮説を提示していましたが、「根拠資料は今のところ見つかっていない」として裏付け史料は未確認でした(岩重、24頁)。カウンターシェイド迷彩というのは、物体の陰影が付く部分を明るい色に、逆に陰影の付かない部分を暗い色に塗ることで、見かけの明暗差を無くして目立たなく背景に溶けこみやすくなるという発想の迷彩塗装です(注5)。

3 海軍航海学校における研究報告書
 気になってアジア歴史資料センター(JACAR)でウェブ公開された史料を調べたところ、この外舷2号色系迷彩がカウンターシェイド迷彩の理論に基いて制定されたことを示す記述を、海軍航海学校 『研究実験成績報告 第 号(船舶迷彩研究実験)』 という史料(以下「本件報告書」。注6)の中に確認することができました。

 この史料は、1943年4月2日付の海軍大臣訓令(注7)にもとづき、同年4月~7月に日本海軍の海軍航海学校で行われた迷彩塗装に関する研究の報告書です。ただし、現時点でアジ歴に公開されているのは、その報告書を陸軍の第三陸軍技術研究所が陸軍船舶の迷彩塗装研究の参考資料として入手した写しです。そのため、原本にある色見本が省略されている難点があります。
 この海軍航海学校における迷彩塗装に関する研究の存在自体は、従前から知られており、例えば『軍艦の塗装』でも「昭和18年3月に横須賀の海軍航海学校に設置された対潜塗色の委員会」について言及があります(加藤、84頁)。
 船舶保護指示第29号の中で、外舷2号色系迷彩は海軍航海学校の研究により夜間に有効な迷彩と判定されたことが説明されており、本件報告書が制定の基礎資料になっていることが窺えます。

 その研究内容としては、1943年4月2日の海軍大臣訓令にもとづき、日本近海での対潜自衛を主眼に、(1)視認を困難にする迷彩、(2)方位角判定を困難にする迷彩、(3)速力判定を困難にする迷彩の3項目がテーマになっていました。
 横須賀鎮守府に呉鎮守府が協力する建前で、実質は横須賀の海軍航海学校を中心とした委員会(委員長:三川軍一海軍航海学校長)が設置され、航海学校や機雷学校などの実施学校や在勤武官・防備隊などの護衛部門などの海軍士官多数のほか、船舶運営会や日本郵船関係者も若干参加しています。
相良丸 次のとおり実船に迷彩塗装をして比較し、潜水艦や航空機を使って観測するかなりの規模の実験が行われています。実験に先立つ予備調査では、ドイツ商船の「リオ・グランデ Rio Grande」や、特設運送艦「相良丸」(右画像)も観察対象になっています。この「相良丸」には、戦後に著名となる福井静夫技術少佐考案の特徴的なダズル迷彩が施されていました(注8)。

 5月26日(予備実験):駆逐艦「葦」(右舷1号色・左舷2号色)、「楡」(右舷3号色・左舷4号色)
 6月3日(第1回実験):第7603船団(横浜→神戸)加入の「昭宝丸」(1号色)、「清洲丸」(2号色)、
    「五星丸」(3号色)、「親和丸」(4号色:舞廠式塗粧、注9)、「諾威丸」(5号色:ドイツ船式)
 6月24日(第2回実験):第1624船団(横浜→釧路)加入の「弘和丸」(2号色系塗り分け)、
    「大成丸」(5号色系塗り分け)、「乾瑞丸」(鼠色)

 本件報告書冒頭の成果概要を見ると、「(ニ)上部構造物及び船首尾は陰影を消去する為、淡色とするを要し、二一号色、五一号色を可とす」(原文カナ。送り仮名・読点を補う。)と書かれており、外舷2号色系迷彩において船首尾に明るい21号色塗料が採用された理由がカウンターシェイド迷彩であったことがわかります。
 このほか、マストの頂部を淡色とすべきこと、沿岸航行で陸地が背景の場合に2号色系が有効なこと、迷彩により方位角・速度判定を妨げるのは困難という意見が出てこの目的に有効な塗装案に至らなかったことなども記されております。なお、塗装関係以外に、方位角判定を困難にするために鳥居形のデリックポストは避け、単脚マストにすべきことや、前後のマストを中心線から左右に振り分けて設置すべきこと、迷彩だけでは視認防止が不十分なのでマストの短縮が急務であることなども指摘されています。

 本件報告書は、外舷2号色系迷彩がカウンターシェイド迷彩であったことを裏付ける史料というだけでなく、米英海軍に比べて体系的でなかったと言われる日本海軍の船舶用迷彩研究について、実際のところ、どの程度の研究がされていたのか伺われる史料として興味深いものと思います。なお、本件報告書には、日本海軍の空母に外舷2号色系迷彩類似の緑色迷彩が適用された理由については直接触れられていないため、その点はさらに調査が必要なところと思います。

注記
1. ここでいう「命令」とは、個別的ないわゆる命令の意味ではなく法令の形式の分類で、国会の議決による「法律」以外の行政機関が定める法令の総称。「政令」や「省令」の類のこと。

2. 施行規則の名称が長いのは、船舶保護法を関東州などの船籍船につき準用した関東州及南洋群島船舶保護令(昭和16年勅令第458号)の施行規則も兼ねているため。

3. 「船舶保護資料第18号」『昭和十九年度 船舶保護資料綴』 1944年、JACAR Ref.C08050094900、画像14枚目。

4. 出典:「中国軍艦史月刊」>「台湾海域日本沈没船艦紀録」によると「辰洋丸」(辰馬汽船、6892総トン)。

5. カウンターシェイド迷彩については「岩重輸送船団史」>「塗装ガイド」にイラスト付きの解説あり。

6. 海軍航海学校 『研究実験成績報告 第 号(船舶迷彩研究実験)』 1943年、JACAR Ref.C14020256800

7. 海軍大臣 「船舶ノ迷彩ニ関スル実験研究ノ件訓令」 (昭和18年4月2日官房備機密第117号)

8. 「相良丸」の迷彩について、福井本人によれば、塗装をしたシンガポール現地では「他の艦船に比して著しく効果が大である」と好評だったそうです(福井静夫 『日本特設艦船物語』 、光人社、2001年、190頁)。そのため、研究対象に選ばれたのかもしれません。もっとも、本件報告書では「相良丸に対する航海学校に於ける観測成績に依るも方位角並に速力判定を困難ならしむるに適当なる塗粧法に関しては結論に達せず」(原文カナ)とあり、顕著な効果は確認できなかったように思われます。

9. 舞鶴海軍工廠式の迷彩塗装と思われるが詳細不明。

参考文献
岩重多四郎 『戦時輸送船ビジュアルガイド―日の丸船隊ギャラリー』 大日本絵画、2009年。
加藤聡(編) 『モデルアート5月号臨時増刊―軍艦の塗装』 通巻第561集、モデルアート社、2000年。
 
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