山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

横浜港ドイツ軍艦燃ゆ―惨劇から友情へ 50年目の真実

 幕末の開港以来、外国からの玄関口として機能してきた横浜港には、様々な歴史が刻まれています。昨日の「氷川丸」もそのひとつです。
 今宵は、もうひとつ、横浜と船の物語を。


石川美邦「横浜港ドイツ軍艦燃ゆ―惨劇から友情へ 50年目の真実」
                       (木場書館,1995年)
総合評価:★★★★☆
 太平洋戦争中の1942年、横浜に停泊中のドイツ仮装巡洋艦「トール」が、謎の爆発事故を起し沈没した。
 しかし、その真相は極秘事項とされ、もちろん詳しい状況が報道されることもなかったのであった。
 事故から50年後、一人の新聞記者が、この「事件」に取り組んだ結果をまとめたのが本書である。事故の原因や被害の状況から、ドイツ人乗員の運命まで。ここに事件の全容は明らかとなる。
 第二次世界大戦において、細々と行われた日独の共同作戦の一つが、ドイツからの仮装巡洋艦の派遣です。名著「深海の使者」にも、『柳船』の名でわずかに出てきます。
 そして、本書の主役「トールThor」号も、その一隻でした。
 「トール」は、インド洋経由で到来し、1942年10月10日に、横浜港へ入港。ところが、停泊中の11月30日に、別のドイツ武装商船「ウッカーマルク」とともに爆発沈没してしまうのです。周辺の日本船も巻き込み、死者102名に上る大惨事となりました。

 神奈川新聞の記者である著者は、もともと1992~94年の3回の連載記事として、この事件を調査しました。それにさらなる調査を加えたのが、本書です。
 基本資料としたのは、「歴史と人物」(81年9月10日増刊)に掲載された、原勝洋「秘史 横浜港ドイツ仮装巡洋艦爆発事故」のようです。
 新資料としては、当時の税関職員を中心とした関係者からの聞き取りが、豊富に含まれています。変わった所では、当時中学生だった方の証言で、「武装した上級生が、配属将校指揮の下で学校を警備していた」というようなものも。
 また、横浜税関に保管されていた、多数の現場写真が掲載されています。

 謎とされた事故の原因は、「ウッカーマルク」の油槽洗浄中に、作業員が喫煙していたことではないか、としています。前の積荷が、危険性の高い軽質油であったことを、日本側が知らせなかった点を捉えて、日独共同過失だと言います。いささか強引ですが。
 ただ、当時の噂では、スパイの破壊工作説が有力だったそうです。著者は、ゾルゲ事件と絡めて分析しています。

 ドイツ人乗員の運命を詳しく追っているのが興味深いです。
 生存者は、事件秘匿のため、山中の旅館に軟禁されてしまったようです。疎開してきた子供との交流や、終戦後にメチルアルコールで死亡した悲劇などが描かれます。ハンドボール日独対抗戦に関するミステリーや、死者の埋葬先に関するミステリーといったものも出てきます。
 なお、生存乗員の方々が、1991年に来日して話題になったそうです。

総合評価:★★★★☆(生存者の証言を活用した記者らしさが良い所)

追記
 仮装巡洋艦「トール」の航跡については、こちらの記事が詳しいです。
「文中敬称略日記」より「『あたらしい朝』に期待して、仮装巡洋艦トールの航海の軌跡などについて

 著者の石川美邦さんより、以下のコメントを頂戴しました。(2007年1月24日)
『わたしの本に論評をいただきありがとうございます。闇に封印された歴史を掘り起こし、一人一人の目撃情報をプロットし全体像を明らかにしていく作業は、愉しいものでした。爆発原因は日独両方の調査を知る二人の証言が一致したことからタバコによる誘爆と日独共同過失説を取りました。しかし記録はなく、真相は闇の中です。
多くの方に興味を持って頂ければ、幸甚です。
その後、市民団体とドイツ大使館が事故で亡くなった将兵らを悼み、平和を祈念する祈念墓誌を2002年、事件60周年に山手外国人墓地内のドイツ墓碑に建立しました。現地も見れるので、興味あればどうぞ。』
Comment
「ファミリーヒストリー竹中直人編」とドイツ軍艦爆発事件
2016年1月15日PM10時からNHK総合で放映

 個性的な演技でいい味をだしていらっしゃる竹中直人さんのファミヒスで、病身だった母親の思い出や母方のおじいちゃんが、戦時中の横浜港ドイツ軍艦爆発事件で亡くなった102人のうち、日本人5人の1人であったこと、そのおじいちゃんの先祖は長崎五島藩お抱え絵師だったこと、横浜税関に残されていたガラス乾板の全貌などを、周到な取材で放映されました。
 役者竹中直人とはひと味違う姿に、共感しました。竹中さんの魅力がさらにUpしました。
 筆者としては、戦後50年の折に取材した内容が、戦後70年を契機に違う視点から検証されたことを大変ありがたく思います。ことに海上からの目撃者、93歳になる谷津潤二さんの生の証言が、20年前と少しもぶれるころなく収録放映されたことは、封印された戦争の実相をより広く、多くの方々に知っていただく上でも大きな収穫でした。

 戦後60年を契機にまとめた「横浜港ドイツ軍艦燃ゆ」(光人社NF文庫版)や「あたらしい朝」(黒田硫黄著、アフタヌーンコミック)も参考にしていただければ、より立体的に知ることができると思います。
 
 2016/03/03
 石川美邦・神奈川新聞社元編集委員
 
  
















NHKファミリーヒストリー竹中直人編とドイツ軍艦爆発事件  [URL] [Edit]
2016.03.06 Sun 00:26  |  山猫男爵 #-
宛:石川さま
またもコメントを頂戴し、ありがとうございます。
ファミリーヒストリーの竹中直人さんの回は見逃してしまったのですが、この事件に関係があったとは驚きました。
取材された証言者の方も出演されておられるとは。
NHKオンデマンドでの配信も終わってしまったようですが、いつか再放送があれば見てみたいと思います。
Re: NHKファミリーヒストリー竹中直人編とドイツ軍艦爆発事件  [URL] [Edit]







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