山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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私評ノモンハン

 1939年の今日、5月29日は、第一次ノモンハン事件で第23師団捜索隊(東捜索隊)が全滅した日です。


扇廣「私評ノモンハン」
          (芙蓉書房,1986年)

総合評価:★★★★☆
 ノモンハン事件で壊滅した第23師団の作戦参謀だった著者が、ノモンハンの戦闘について振り返って記した回想と批評。戦車科の教育を受けたことを生かした機甲戦に関する分析のほか、小松原師団長の人物像や井置捜索隊長の自決などについて。
 日本軍とソ連軍が衝突したノモンハン事件について書かれた本は数多いですが、現地に従軍していた高級軍人の著書というと、数が限られている気がします。本書は、そのうちの一冊です。
 著者は、第二次ノモンハン事件停戦直前の8月28日に、日本軍主力の第23師団作戦参謀に任命された人物です。現地に到着したのが9月5日で、すでに日本軍第一線が崩壊した後のため、直接の戦闘指揮に携わったわけではないですが、敗戦処理や隠し事のない戦況に触れうる立場にあったと言えます。当時の個人的な人脈(例:師団情報参謀の鈴木善康)を通じて得た記述もあります。
 経歴としては陸大卒業後に戦車科に転科しており、張鼓峰事件の調査や、南昌作戦時の戦車集団臨時参謀、後に機甲本部にも勤める、日本軍には珍しい戦車の専門家です。

 戦術面での評価については、専門を生かして、機甲部隊である安岡支隊及び井置支隊の運用を中心に触れています。
 大成功とされる戦車夜襲について批判的です。特に、単独機動した戦車第4連隊に対して、戦車第3連隊とともに歩兵と協同するべきだったとします。(私としては、この点、非難できないと思いますが)
 第1戦車団に多数の部隊を配属して安岡支隊とした点に関して、司令部機能の貧弱さから非難しているのが興味深いです。戦車団司令部には高級部員と臨時参謀1人ずつしかいないことを言っています。著者は、戦車団の前身である独立混成第1旅団の解体を、司令部機能低下の観点から惜しみます。戦車集団の参謀経験を元にした発言で、なかなか重みを感じました。
 
 公刊戦史の誤り・粉飾を暴露するような記述もありました。
 公刊戦史掲載の第23師団の渡河作戦図は、実際の進出距離の倍以上に見えるような書き方になっているという仮説や、自決したとされる或る大尉は戦死だったということが出てきます。

 直接の見聞として、第23師団長の小松原中将のことと、同師団の捜索隊長である井置中佐の自決のことの二点が、大きく取り上げられています。
 小松原中将に関しては、国境紛争の重大性の認識を欠いた軽率さや、山県連隊や井置捜索隊などを遊兵化させた戦術能力を非難しています。部下の大内参謀長や井置中佐への不信や、井置中佐を自決に追い込んだ前後の不誠実さも、厳しく指摘します。一方で、陸大時代の師弟関係から、人情味が無かった訳ではないとも擁護します。
 井置中佐に関しては、その自決の妥当性を検討しています。憲兵中佐の言を引いて、正規の軍法会議に載せるべきだったと言います。井置中佐自身に対して、フイ高地で死んだほうが始末が良かったと述べるのが、軍人の思考原理が現れていて興味深いと感じました。

総合評価:★★★★☆(その地位にあった者しか書けない内容が貴重)
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