山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top  このエントリーをはてなブックマークに追加

太平洋戦争の日本軍捕虜人数

 太平洋戦争時に米軍捕虜となった日本兵の埋葬記録が、発見されたそうです。とても貴重な史料だと思われます。

『南方で捕虜死亡の日本兵6千人リスト、埋葬地など記載』
「発見されたのは、米国の戦争捕虜に関する情報機関が1952年3月に作成した『日本兵捕虜死亡者リスト』。計約400ページで、日本の軍人、軍属について、一部重複の可能性があるが、5979人のローマ字表記の氏名、所属階級、捕虜番号、死亡日、死因、埋葬場所の墓地名が記されている。」(読売新聞 2009年2月1日)

 ウルリック・ストラウスによると、太平洋戦争時に連合国軍によって捕虜とされた日本軍人・軍属の数は、1945年8月15日の停戦までに約48000人であったといいます。これは米軍及び英連邦軍によって捕虜とされた人数で、中国軍やソ連軍によって捕らえられた人数は含んでいません。このうち9000人強は植民地出身の軍属で、朝鮮半島と台湾がほぼ半々となっています。(もっとも別の箇所では総数を35000人ともしています。)
 また、厚生省の記録によると、終戦時に日本国外や千島列島に展開していた日本軍関係者の数は約330万人に上るとされます。このほとんどは連合軍の捕虜となったものと思われ、うち50万人ほどが米軍管理下に収容されたようです。
 今回発見された文書は、作成時期からすると、終戦時に降伏した日本軍捕虜を含んだ名簿ではないかと思います。

 なお、今回の文書が、連合軍による捕虜殺害があった証拠と見るのは、無理があるように感じます。終戦後の捕虜まで含んだ名簿だとすると50万人中の6000人であり、それまで南方各地で栄養失調状態にあったことも考えると、異常な高率ではないでしょう。
 玉砕した日本軍拠点、例えばタラワの死亡率の高さや、いくつかの証言から、連合軍側による投降日本兵殺害があったのは事実だと思います。
 しかし、それらの違法行為は、捕虜として正規の処理に乗せられないまま行われたと考えるのが自然です。今回のような埋葬記録には登場しない暗数です。少なくとも米軍の場合、ひとたび正規の手続きに乗ってしまえば、おおむね国際法に則った人道的処遇を受けられたと見るほうが、多くの体験談に合致するものと思います。

 いずれにしても、今回の発見で、少しでも最期の状況が判明したり、一部の遺骨だけでも故郷に帰すことができたりすることを切に願うものです。


参考資料
ウルリック・ストラウス「戦陣訓の呪縛―捕虜たちの太平洋戦争」(中央公論新社、2005年)
アジア太平洋戦争における海外からの引き揚げ」(「社会実情データ図録」より)
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://yamanekobunko.blog52.fc2.com/tb.php/134-6cd113fd
プロフィール

山猫男爵

Author:山猫男爵
ここは「塹壕文庫」「山猫文庫第二壕」に続いて三代目のブログになります。
連絡したいことがある方は、記事のコメント欄か、サイドバー下方のメールフォーム、あるいはツイッターから、お気軽にどうぞ。
Twitter:baron_yamaneko

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
参加企画
にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ
にほんブログ村 その他趣味ブログ ミリタリーへ
リンク
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール(不要ならそのまま):
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。