山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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ノモンハン事件の反省文

 失敗は成功の母と言います。
 ノモンハン事件で日本陸軍はどういった教訓を得たのかを、知る手がかりになる資料を読んだので、メモを残しておきます。
『「ノモンハン」事件より得たる地上部隊の編制装備に関する意見提出の件』
(関東軍参謀長より、陸軍次官への報告という形の書類です。「昭和14年 満受大日記(密)第15号」に記録のものが、国立公文書館のアジア歴史資料センターで、リファレンスコードC01003495200として公開)

 歩兵大隊ごとに速射砲(対戦車砲)4門を装備させるべきである。
 事件中は、師団の各連隊固有装備に加え、第8国境守備隊と第1および第7師団の保有する全速射砲を追加装備させたが、それでようやく足りるくらいであった。
 連隊レベルには不要である。大隊装備の歩兵砲は迫撃砲に替えても良いから、実現させて欲しい。重点兵団には、大隊ごと8門にすべき。
(ソ連戦車、特に「量」がいかに脅威だったかを物語っている気がします。日本の標準型3単位歩兵師団は、連隊ごとに速射砲4門ですから、一挙に3倍~6倍という計算です。)

 歩兵直協の分以外に、師団に独立速射砲大隊12門を編合すべきである。
 師団砲兵を、敵戦車による迂回攻撃から防護するために必要。
(事件中には砲兵が直接戦闘に陥るケースが見られました。後述するように、師団砲兵が重量級になると、直接戦闘がさらに困難になることも考慮してでしょうか。師団全体の速射砲装備数は従来の12門から、48~84門+捜索連隊の保有分に、一挙に増加するはずです。)

 軍直轄の重砲を充実させる。
 別に平原地域の師団砲兵を大口径化するべき。主力砲を10センチ級にして、野戦重砲を装備させる。機械化も必要。暫定的には90式75mm野砲でも。
(従来装備の38式世代火砲は、短射程で役に立たなかったようです。)

 平原地域向け師団は、機動化を進め自動車装備を増やすべき。
 捜索連隊は、対戦車砲装備の乗車歩兵2個中隊と、戦車(ないし装甲車)中隊1個とする。乗馬騎兵は一切不要。但し、伝令用の自動車を追加する必要がある。
 輜重兵連隊は、自動車6個中隊編成にする。歩兵大隊3個程度を緊急展開できる規模。
(第23師団捜索隊は装甲車中隊を持ち、従来の騎兵連隊よりは近代化された存在のはずでした。しかし、実際には乗馬中隊と機動力が違いすぎ、兵力も不足で運用が困難だったようです。ちなみに装甲車ではなく戦車装備にする計画は、第一次事件の後の再建計画にもすでに見えています。)

 自動車部隊を補給用に増強する必要がある。
 満州既存の600両に加え、増援の4個中隊を投入したが、それでも不足だったため。
 各師団2個当てになる量の、自動車連隊を整備したい。
(ソ連の戦車に敗れたのではなく、トラックに負けたのだとする後世の評もあるくらいですから、良い着眼でしょう。)

 戦車部隊の整備に関しては、既定路線以上の増強は必要ない。
 確かに良く働いていたが、一方で、対戦車戦闘には歩兵の装備でも十分だということが判明した。但し、支那戦線向けには有用である。
(少し意外な感もあるかもしれません。しかし、費用対効果で考えると、火砲装備の方が優先というのは自然でしょう。ただ、一般に対歩兵用と言われる日本戦車なのに、対戦車任務が理由に挙がっているのが興味深い気がします。)

 おおむね以上のような内容でした。失敗に学ばない日本軍というイメージとは違い、きちんと教訓を得ているのがうかがえます。
 ただ残念ながら、ここでの提案は、ほとんど実現されないままに終わったようです。例えば、38式改造野砲(明治38年制式)は、終戦まで日本軍の主力野砲として戦わざるをえませんでした。90式野砲や10cm榴弾砲の生産が、師団の増加に追いつかなかったのです。速射砲の配備も、ほとんどの師団で連隊あて4門に留まり、臨時に独立速射砲大隊が配属されれば幸運といった程度に終わります。(おまけに、性能的にも旧式化してしまうのです。)
 それなりに実現されたのは、平原向け師団として第23師団が再建され砲兵が強力になったこと、その他優良師団への捜索連隊配備くらいではないでしょうか。捜索連隊は、優良なものでは乗車騎兵中隊と装甲車中隊が各2個に改編されたものが多いようです。
 なお、手元に資料がなく未確認ですが、関特演時の第1師団の編成が、理想形に一番近いかもしれません。確か師団砲兵の半数は野戦重砲で、大隊数4倍(36門)の速射砲を持っていたような記憶があります。さらに独立速射砲部隊も配属されていたような。
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