山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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靖国神社慰霊祭とノモンハン事件戦没者数

 ノモンハン事件での敗北・損害について、日本軍はひた隠しにしたという風に言われます。実際のところ、どうなのでしょう。
 日本側の損害について最もまとまった史料と思われるのが、第6軍軍医部が事件直後に作成した損耗調査表で、戦死7696名・戦傷8647名・不明 1021名・戦病2404名の計19768名となっています。第一次ノモンハン事件の損害や、航空部隊、途中で撤収した戦車団の損害が含まれていない欠点はありますが、その誤差は1千名以内と思われます。このほかに第23師団が作成した損害調査表や、戦訓の研究資料としてまとめられた数字などがあり、それぞれ若干のずれがありますが、死傷病総計1万8千~2万名前後に収まってきます。いずれも通常は表に出ない内部の機密資料であり、正直かつ高精度な統計と思われます。
 意外なことに、この機密データに近い損害1万8千名という数字が、すでにノモンハン事件直後に広く新聞報道されていました。もとは1939年10月3日の地方長官(県知事等)会議で陸軍が説明した情報が外部に流れたもので、「去る五月ノムハン事件発生以来停戦にいたるまでのわが軍の損害は死傷および戦病者を加へて約一萬八千名である」とあります(大阪朝日10月4日夕刊)。同じ記事では「近代科学の粋をつくした本事件の経験は軍の精神的訓練の重要性はもとより軍の機械化など物質的戦備の充実がいかに近代戦闘において重大なる意義を有するかをいよいよ痛切に訓へたもの」とも書かれ、今でもそのまま通用しそうな評価が出ているのも興味深いです。

 ただ、これらの死傷病1万8千~2万名という数字自体を疑う見解もあるようです。その論拠はソ連側の推定した5万2千名以上などいくつかあるようですが、最大の根拠は1966年(昭和41年)10月の靖国神社でのノモンハン戦没者慰霊祭に関する新聞報道と思われます。この記事に戦没者1万8千余名とあることから、死者数に1万人も差があるとして、軍発表の粉飾を疑います(例えば五味川純平「ノモンハン(下)」(文春文庫、1978年)・252頁)。
yasukuni_nomonhan.jpg しかし、この新聞記事には資料価値は無いと私は考えます。問題の記事は1966年10月3日付の朝日新聞朝刊掲載のものと思われます(*1)。この記事は特集などではなく、画像の通り、8段組み最下段に20行足らずのささやかなものです。現物を発見した時にはいささか拍子抜けしました。該当個所は冒頭の「昭和十四年、ソ満国境で起きたノモンハン事件戦没者一万八千余人の慰霊祭が、二日午前十時から東京・九段の靖国神社で行われた。」との一文だけです。一文だけといっても記事の1/3を占めるのですが。
 五味川は靖国神社の発表のような書き方をしていますが、記事内に特に出典が明らかになっているわけではありません。おそらく、記者が、参考にした資料の「損害」1万8千名というのを全て戦死者と誤解して、記事にしてしまっただけではないでしょうか。この誤解はありがちなものです。1万8千という数字部分は共通する点から、単純なミスと見るほうが素直でしょう。そうであれば、軍資料や軍発表となんら矛盾は無いことになります。少なくとも、「靖国神社だけが知らされた超極秘の合祀者リストに記された真実の数字である」などという解釈は、情報源未確認なのに無茶と思います。
 ちなみに当の朝日新聞でさえ、日本軍の死傷者2万人と最近の記事で解説しています(朝日2009年6月8日夕刊)。

 地方長官会議に関する報道後、軍が大きな損害を公表したことについて、英断であると称える社説も別の日の新聞記事になっていたりします(*2)。以前にも紹介しましたが捕虜の発生も一応公表されており、こうしてみると軍が真相をひた隠しというのは少々言い過ぎに思えます。
 もちろん、全ての情報を公開していたわけではありません。例えば、8月後半に退却を余儀なくされたことについては、敵を「我が制壓圏に誘導」とあたかも計画通りのような発表を行っています(大阪毎日1939年9月1日朝刊)。「ノモンハン実戦記」(*3)のような本を出版して、情報操作を試みてもいます。
 それでも、全体としてみればノモンハン事件当時の軍発表は、主張国境線を守れなかったことを隠したのを除くと、正直に行われていたと言えます。むしろ、正直な発表の結果、国民の動揺が予想以上に激しかったので、あるいは誇張された情報が止まなかったので、後からあわてて情報操作を試みたのではないかとも思えてくるのですが、いかがでしょうか。

注記
*1 新聞各社が記事にしたとする資料もありますが、私にはこの1件しか発見できませんでした。

*2 積極的な発表かは怪しい気もします。あくまでオフレコだったのがすっぱ抜かれたのではないかという印象があるのですが、私の憶測です。

*3 樋口紅葉「ノモンハン実戦記」(大東出版、1940年)
Comment
2012.05.26 Sat 17:47  |  おらちゃん #-
靖国神社は戦死者だけを合祀hしますから、戦傷者が含まれていることはないでしょう。公表されませんが、合祀するためには名前なども判っている必要があり、靖国神社には政府から伝達されます。したがって18000という数字はかなり信憑性があるtのではないでしょうか。
ノモンハン  [URL] [Edit]
2012.05.26 Sat 19:55  |  山野こうた #-
宛:おらちゃん様
おっしゃる通り、仮に靖国神社への合祀数であるとすれば、信憑性は高いと思います。
しかし、実際の新聞記事を見ると、合祀数とも靖国神社の発表とも書いてありません。そもそも靖国神社による合祀者の区分では、対米開戦前の「支那事変」と「ノモンハン事件」関係の戦死者が区別されていないようです。
五味川などこの新聞記事を根拠とする文献以外、合祀者18000人とする情報源は発見できていません。結論として、「合祀者数が18000人」という前提事実自体が極めて怪しいということになると思います。
Re: ノモンハン  [URL] [Edit]







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