山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

スペイン内戦と海軍(第24回)

7.海上作戦の経過
 (13)エブロ川の舞台裏にて


 ビナロス陥落により共和派の支配地は、首都バルセロナを中心とした北東部のカタルーニャ(カタロニア)地方と、南部のバレンシアValenciaなどに分断されてしまいます。二つの地域の間は、海路によってしか行き来が出来なくなったのです。
 そこで、かねてよりの計画に従い、共和派海軍は、残存潜水艦による連絡網を起動します。これは、南部のバレンシアとカルタヘナ、北部のバルセロナ、さらにメノルカ島マオンを結ぶものでした。
 この海底連絡線は、軍需輸送以外に郵便輸送にも用いられました。潜水艦のデザインの切手までが発行されており、「郵便学者・内藤陽介のブログ」で紹介されています。「カタロニア賛歌」の中にも海軍による郵便の活躍が登場しますが、これもおそらく潜水艦によって運ばれていたものかと思います。

 一方、国粋派は、まず占領地の南方への拡大を図ります。
ビナロスに駆逐艦セウタから上陸するフランコ将軍 国粋派海軍の地中海部隊も、南北の海上交通の妨害や、沿岸への艦砲射撃などで地上部隊を支援します。その司令官には、戦死したビエルナ少将に代わって、カレロ・ブランコ大佐が就きました。ブランコ大佐は、後に首相にまで昇る逸材です。
 4月26日には、ビナロス奪還を目指す共和派陸軍部隊を、敷設艦「ブルカノ」とスループ2隻が砲撃。装甲列車1編成、装甲車3両などを破壊して、見事に反撃を食い止めています。
 こうした海軍の努力もあって、5月末には国粋派のビナロス支配は堅固なものとなります。5月31日には、駆逐艦「セウタ」などの艦隊に乗って、フランコ将軍もビナロスからの上陸を果たしています(右画像)。

 コンドル軍団のHe59水上爆撃機が、艦船攻撃に猛威を振るうのもこのころです。6月上旬に、ビナロス南方の共和派拠点カスティリョン・デ・ラ・プラナ Castellón de La Planaを数度攻撃して、停泊中の輸送船5隻を撃沈しています。6月14日に、そのカスティリョンが陥落すると、さらに南まで足を伸ばし、6月15日にスループ「ラヤ」を撃沈します。
 占領したカスティリョンには、国粋派の魚雷艇が展開しています。
 6月24日には、本土東岸とバレアレス諸島の中間付近の小島コルンブレテスColumbretes諸島を、重巡「カナリアス」と軽巡「セルベラ」、駆逐艦「メリーリャ」から上陸した海軍歩兵により占領。これは、同島に共和派の無線基地と砲台が設置されたという情報に基づくものでしたが、実際には、難民一人が隠れ住んでいただけのようです。上陸部隊は、パンツを白旗代わりに振る難民を拘束し、監視哨と無線局を設置しました。
spain_map6.png

 国粋派の急速な南進を牽制するため、7月22日、共和派はカタルーニャ側から攻勢に出ます。これが名高いエブロEbro川の戦いです。ビナロス北方50km、古代においてはローマ・カルタゴの境界であったエブロ川を越え、在カタルーニャの共和派陸軍は南進。
沈没した輸送船カラ・ミーリョ 共和派の海軍、空軍もこれに呼応して、精一杯の攻勢に出ます。9月1日、共和派の爆撃機が、ビナロス港で輸送船「カラ・ミーリョCala Milló」を撃沈し(右画像)、魚雷艇2隻を撃破。わずか3隻と開戦時の1/4の兵力になった可動潜水艦も、輸送任務の合間を縫ってマリョルカ島・ビナロス間の通商破壊を試みます。
 しかし、結局のところ、国粋派に大きな損害を与えたものの、共和派も2倍の兵力を失い、エブロ川の戦いは11月までに共和派の敗北に終わります。共和派海軍も、潜水艦「C1」を10月9日深夜に、バルセロナで空襲により撃沈されています。同艦は一週間で引き上げられましたが、もはや内戦終了まで使用不能でした。ちなみに、以前述べた駆逐艦「ディエス」の撃破も、この頃です。

 エブロ川の戦いで戦力を消耗し尽くした共和派は、以後、後退の一途をたどります。11月15日には国際旅団も解散しています。
 傷を癒すはずの外国からの補給は、空襲と海上封鎖で遮断。頼みの綱のソ連「Y」船団も、8月中に到着した「Y53」船団を最後に途絶えてしまいました。この「Y」に関してはソ連の外交判断が大きいようです。1938年9月30日のミュンヘン協定締結と同日に中止が決定されています。
 チェコのズデーテン地方を巡るミュンヘン会談で英仏の融和姿勢が明らかになった以後は、イタリア空軍の活動が一段と活発になります。これが、海上交通に対するとどめの一撃となりました。10月中に8隻、11月には12隻の輸送船が撃沈破されてしまいます。北部のバルセロナとの間はおろか、南部の港同士でも航行は危険でした。
 スペイン航路に就航するのは、生き残りのスペイン船の外は、共和政府が英国に作ったダミー会社の船ぐらいとなり、北欧などの船舶は傭船を拒否するようになります。そのダミー会社も、所属船22隻のうち、すでに半数以上が撃沈破され使用不能でした。

 エブロ川攻勢を撃退した国粋派は、一転して北上を開始。カタルーニャ地方を急速に占領していきます。カタルーニャ戦線が崩壊する中で、スペイン内戦は最後の年を迎えます。(つづく

追記
 スペイン内戦中の切手は、こちらでも一部をこちらで見ることができます。
La Guerra Civil Espan'ola en Sellos de Correos
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