山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

スペイン内戦と海軍(第26回)

8.エピローグ
 (1)第二次世界大戦とスペイン海軍


 1939年9月に第二次世界大戦が勃発します。
 しかし、スペインは、最後まで中立を保ち参戦しませんでした。内戦終結直前の3月に日独伊防共協定(三国同盟の前身)に参加、国際連盟脱退(5月)など、明らかに枢軸国側だったのですが。
 フランコ総統は、独伊の参戦要請に対し、国土の疲弊と軍備不足を理由として拒絶。逆に、「参戦準備」のためのさらなる援助を取り付けます。もっとも、国土の疲弊も戦力不備も嘘ではなかったのですが。その後も、参戦条件に仏領モロッコ割譲を要求するなど、無茶な要求をして逃げ続けます。
 スペイン軍部は独伊の戦力を極めて冷静に評価していたようです。『英米が本気になって対峙するようになれば、戦略よりも戦術にこだわるドイツ軍の勝利は考えにくい』と。

 それでも、「青師団」として知られる義勇兵延べ5万人の東部戦線派遣など、独伊への協力は行っています。
 海軍に関してみると、スペインが補給基地を提供して、ドイツ潜水艦を行動させた「モーロ作戦」があります。カナリア諸島やカディスに独タンカーが数隻展開して、少なくとも23回の補給が行われたようです。この補給基地としての利用は、内戦への援助当初から、ドイツが期待していたことの一つでした。
 1942年4月末、独潜「U573」が、損傷してカルタヘナへ逃げ込んできます。スペイン政府は、3ヶ月の出港猶予を与えます。これは、24時間の中立国寄港しか認めない戦時国際法に違反した行為です。
 英国の抗議にもかかわらず、スペインは「U573」をかばい続けます。結局、8月にスペイン海軍への譲渡という形で決着しました。同艦は、「G7」と改名します。(「G1」~「G6」は、別にドイツから調達する予定があったのだが不履行のため欠番。)
 このほかの海軍の対独協力として、沈没した独戦艦「ビスマルクBismarck」の乗員救助にも出動したようです。もっとも、生存者を発見することはできませんでした。重巡「カナリアス」では、遺体を収容したのち、あらためて丁重に水葬にしたということです。

 イタリア海軍も同様にスペイン領を拠点とし、英領ジブラルタルの艦船に対する特殊部隊による破壊工作などを行っています。アルヘシラス港に中立国船に偽装した母艦「オルテラ」、通称「トロイの木馬」を浮かべ、水中ハッチから人間魚雷などを発進させていました。1943年8月24日の最後の作戦までに、10万トン以上の商船を撃沈したと言われます。

 一方、ドイツがスペインに期待していたもう一つの海軍関連の重要事項は、実現しませんでした。それは英領ジブラルタルの制圧です。
 地中海の制海権掌握のためには、ジブラルタルの占領が必要でした。
 ドイツ軍は、ジブラルタル侵攻「フェリクスFelix作戦」を立案。1940年11月には実施直前に達しますが、ヒトラーの指示で延期となります。なんとヒトラーは、計画を拡大してイベリア半島全土の占領も検討するよう示したのです。思い通りにならないフランコ政権に、業を煮やしたものと思われます。ただ、翌12月になって、拡大計画も中止されるのですが。
 スペインは、ジブラルタルに手を出して英国と決定的対立をした場合、食料輸入が途絶することを警戒していました。フランコの参謀役だったカレロ・ブランコ海軍大佐は、英海軍が動けば海上封鎖は不可避と報告して、安易な協力を戒めています。

 大戦後期になり枢軸国の劣勢が明らかになると、スペインの態度はいよいよ冷たいものとなります。
 1943年9月8日、またも損傷した独潜「U760」が逃げ込んできますが、もはや前回のような猶予は与えられませんでした。24時間で出港できなかった同艦は、スペイン海軍によって抑留されてしまいます。1943年9月8日といえば、数日前に本土上陸をされたイタリアが、ちょうど降伏をした日でもあります。
 苦境にあるかつての戦友に対しなんとも冷たい仕打ちですが、「中立」というのは、こうした冷徹な判断とバランス感覚なくしては保てないようです。

Submarino_S01.jpg 大戦終結後、「U760」のほうは連合国に引き渡されました。
 「G7」となった「U573」は、スペイン海軍の最優秀潜水艦として、長く使用されます。大改装を経ながら1970年まで現役でした。途中1961年に、命名ルールの変更により「S1」と改称しています(右画像)。
 この「G7」は、ドイツ潜水艦役で、映画出演をしていることで知られます。出演したのは「U47出撃せよ」(1958年)で、主役の「U47」を演じています。スカパフロー泊地潜入で有名な、ギュンター・プリーンGunther Prine艦長を描いた映画です。
 スペインへ送られたBf109戦闘機(いわゆるイスパノ・メッサー)が、ドイツ機役で映画出演したのと同じですが、こちらは正真正銘の元Uボートだったというわけでした。(エピローグ続く
Comment
2014.12.03 Wed 10:43  |  velites #7uBo8ObY
 第二次大戦下のスペインというニッチな話題に敬意を表してコメント・・・・。

 スペイン語ですが、"U-Historia"(ttp://www.u-historia.com/)という、第二次大戦時のUボートについて網羅した結構なHPがあります。スペインが関わった出来事(U573の譲渡、秘密裡の補給作戦など)についても記事がありました。
 そこの記事で興味深かったのは、1943年11月にスペイン沖で撃沈されたU966の話しです。生存者の多くがスペイン側に救助・抑留されたのですが、U966艦長E・ヴォルフ中尉だけは偽名を使って帰国した(させられた?)のだそうです。記録の上ではマドリッドで病死したことになっています。
 U760の抑留より後のことですから、ドイツとスペインとの間で何か取り決めが結ばれたのかもしれません。
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