山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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回転翼の海鳥たち(第4回)

4.シエルバの航跡
(承前)オートジャイロの発明者シエルバは、さらに自由な飛行を目指して、機体の改良を続けていました。
 そしてたどり着いた完成型といえるのがシエルバC.30でした。C.30は、初期のオートジャイロのような大きな固定翼は持っていません。回転翼のみで十分な揚力が得られるようになり、また、ローターのピッチ(傾き)を調整するだけで、方向転換ができるようになったのです。
 しかも、単純なオートジャイロとは違い、エンジンの動力を回転翼にも供給することで、瞬時に離陸可能まで回転数を上げる機構を有していました。これにより、無風状態でもわずか5m程度の滑走で離陸することが可能でした。シエルバは、この技術をジャンプ発進と名付けます。
 さらに、ローターの回転面を傾ける機構も備えられています。これにより、空中の一転で静止するホバリングも、ほぼ可能になりました。弾着観測などの用途には便利な機能です。

 シエルバは、このC.30シリーズを、世界各国に売り込もうとします。
 特に、彼がセールスポイントとしたのが、その「ジャンプ」能力でした。大規模な飛行場がいらないのはもとより、水上では空母以外の一般艦艇からも発進できます。気球や水上機に代わる弾着観測機としての採用を狙っていました。
dedalo_cierva30.jpg まず、彼は、祖国スペインで、艦載機としてのデモンストレーションを行います。1934年、スペイン海軍の水上機母艦「デダロDedalo」で行われた実験は、見事成功します。C.30は、「デダロ」の後部甲板に降り立ち、再び発艦して見せました(画像)。スペイン陸海軍は、C.30を数機採用してくれます。
 ついで、翌1935年には、英海軍の空母「カレイジャスCourageous」と、イタリア海軍の重巡「フィウメFiume」でも実演します。「フィウメ」では、24ktの高速航行中の発着に成功しています。

 こうした努力の甲斐もあってか、イギリスは空軍と陸軍で、改良型のC.40を5機など計数十機が導入されます。実際の生産は、主にアブロAvro社が行ったようです。
azur_cierva-c30.jpg
 フランスも大きな興味を示し、リオレ・エ・オリビエLeO社でのライセンス生産が行われます。陸軍向けに30個小隊分の大量発注がされたほか、海軍用にも十数機が納入されました。(画像はフランス海軍仕様のプラモデル箱絵。チェコのAzur社製。)

 ところが、シエルバを不幸が襲います。1936年7月に、祖国スペインで内戦が勃発したのです。悲しみつつも英国で仕事を続けたシエルバを、さらなる不運が見舞います。同年12月、旅客機事故に遭遇して、彼は一命を落としてしまうのです。まだ41歳の若さでした。
 若き天才を失い、シエルバ社とオートジャイロは、時代に取り残されてしまうことになります。

 生産されたシエルバのオートジャイロは、戦乱の中で急速に消耗していきました。
 スペイン軍に配備されたものは、内戦の中で全てが失われたようです。
 フランスが保有したC.30のうち、第二次世界大戦勃発時に実戦配備されていたのは、陸軍が28機と海軍に10機程度でした。これらは、連絡任務や観測任務に投入されますが、敗北の中で多くが飛行不能になっていきます。フランスが降伏したとき、稼働状態にあったのはたったの1機でした。共食い整備でかろうじて残されたこの最後の機体は、ドイツ軍の迫るフランスからの脱出に使われたと言います。
 イギリスは、欧州本土への派遣部隊に弾着観測用の2機を配備したほか、作戦可能な各種オートジャイロの多くを、第74飛行隊wingとして編成しました。第74飛行隊は、第1448航空団flight、第529飛行中隊squadronと名を変えながら、主にレーダーサイトの調整と部品輸送に使用され、バトル・オブ・ブリテンを陰で支えます。中には輸送飛行中に、ドイツ軍機と鉢合わせしてしまった事例もあったようです。2機のFw-190に襲われたある機は、その特殊な運動性を生かして攻撃を回避し続け、見事逃げ切ったと言います。
 実戦部隊へ配備されたもののほか、一部は飛行学校の練習機材となり、ヘリコプターパイロットの養成にも用いられたそうです。そう、英軍は、大戦中から、すでにヘリコプターの実戦配備も進めていました。オートジャイロの時代は、もう終りなのでした。

 オートジャイロを始めとしたシエルバの研究成果は、ヘリコプターの実用化に欠かせないものばかりでした。彼とオートジャイロが無ければ、ヘリコプターの実用化は、10年は遅れたとも言われます。一方で、開発者自身の研究が、オートジャイロの時代を終わらせてしまったと言うのは、やや皮肉なものです。
 シエルバ社は、改良型のC.40を開発したり、ヘリコプター研究に移行したりしますが、戦後、英国最大のヘリコプターメーカーであるウエストランドWestland社に買収されたようです。(第5回へつづく
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