山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

回転翼の海鳥たち(第7回)

7.父さんはロシア生まれです。
 その男、イーゴリ(イゴール)・シコルスキーは山高帽の礼装に身を包み、1939年9月14日、コネチカットの空へと舞い上がりました。アメリカ初の実用級ヘリコプターが成功した瞬間でした。
vs300.png 米国でヘリコプターの父と呼ばれるシコルスキーは、その名の通り、ロシア出身の航空技師です。帝政ロシアの巨人機群を生み出した天才は、革命の猛威を逃れて米国へと亡命していました。そして、長年の夢であったヘリコプターを開発したのです。
 シコルスキーの作ったVS-300は、長い尾部の先端に横向きの小型ローターを取り付けて回転トルクを打ち消す方式でした。以後、全世界の標準となる方式です。

 シコルスキーの実験に招待された軍幹部は、この発明に飛びつきました。
 米陸軍は、ただちに試作型XR-4の開発を命じます。VS-300を発展させたXR-4が完成すると、ついで1942年5月には先行量産型YR-4を30機発注します。さらには量産型R-4B、新型のR-5、R-6と続きます。
 英空軍も50機以上を購入してくれました。
 これらの機体は、第二次大戦中にはビルマ戦線などで実戦投入され、前線からの負傷者救助に活躍しています。

 一方、海軍での利用研究も1941年には始まっていました。
 Uボートの脅威に苦しむ米英海軍は、米沿岸警備隊とも共同で委員会を設置します。通常艦船からの対潜哨戒に利用しようという狙いでした。
 そして、1943年5月7日、連合国初のヘリコプター艦上発着試験が行われます。陸軍から移管されたYR-4を使用して、英空軍のパイロットが操縦、目標はロングアイランド沖に浮かぶ米徴用タンカー「バンカーヒルBunker Hill」の仮設甲板。実験は見事成功し、ついで米側のパイロットによる実験も成功します。
 7月にも、西海岸を航行中の陸軍兵員輸送船「ジェームス・パーカーJames Parker」で、高速航行中の試験が行われ、実用可能との判定が出ます。

 しかし、米海軍は、そのうち熱意を失ってしまいました。おそらく、オートジャイロの場合と同様、通常航空機に比べての基本性能の低さに幻滅したものと思います。米海軍の場合、護衛空母をいくらでも量産できたという贅沢な事情もあったからでしょう。
 以後の研究は、米沿岸警備隊と英軍の間で進められる事になります。沿岸警備隊は、当時のヘリの実力を理解したうえで、「攻撃手段ではなく、索敵手段としてNot as a Killer but as the Eyes and Ears」の価値を見出していました。加えて、救助任務での活躍も期待していたのでしょう。
 沿岸警備隊は、巡視船「コッブCobb」を改装し、後部甲板に飛行甲板を設置します。同船は、沿岸警備隊のHNS-1(R-4B海軍型)部隊の練習艦として使用されました。
 そして、1944年1月、ついに艦上ヘリ隊の実戦の時がやってきます。(第8回へ続く
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