山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

回転翼の海鳥たち(第10回)

10.陸軍空母の翼
 日本陸軍が、「空母」を持っていたというのは、わりによく知られている話かと思います。
 ひとつは、「特殊船」と呼ばれた揚陸母艦の一種です。そのうちの丙型という分類のものが、航空機運用能力を持っていました。積んでいるのは上陸作戦支援用の戦闘機等で、空母というよりは強襲揚陸艦に近い船です。
 もう一種類は、戦時計画の簡易護送空母「特TL型」戦標船です。詳しくは次回述べます。
 そして、これらの搭載機として計画された中に、オートジャイロの姿がありました。いわゆるカ号観測機です。

 日本陸軍は、既述の様に米国製のケレットK-3を2機購入していました。しかし、すぐに事故などで失われ、採用にはつながりませんでした。
 ちなみに海軍も、同時期にシエルバC.19を2機購入していますが、こちらも1機を事故で失い、完全に興味を失ったようです。

 オートジャイロにチャンスをくれたのは、陸軍の砲兵隊でした。砲兵隊は、気球に代わる自前の航空観測機材の必要を感じていました。陸軍は、1940年、萱場製作所に試作発注をします。
 新たに購入されたケレットKD-1Aをベースに開発が進められ、1942年、萱場「カ号」観測機として完成します。「カ号」は、ドイツのFi156「シュトルヒ」に似た神戸製鋼「テ号」との競争試作に勝利し、制式採用が決まりました。
 カ号観測機kago_autogyro.pngと、テ号観測機tego_stol.png


 開発から量産過程での試行錯誤は、玉手栄治「陸軍カ号観測機―幻のオートジャイロ開発物語」に詳しい記述があります。
 なお、航空兵の装備で無いため、「キ~」という開発ナンバーがついていません。萱場製作所や神戸製鋼という航空機本体メーカーでない会社が担当するなど、砲兵機材という特殊事情が見えて興味深いと思います。
 また、回転翼の頭文字に由来するらしい「カ号」という名称は、後に、オートジャイロの頭文字からの「オ号」に変更されたとのことです。「カ号」作戦という、まったく無関係の作戦が計画された影響と言います。(ただ、現場では「カ号」と呼称されていたようなので、本稿では「カ号」で通します)

 こうして砲兵機材として制式化されたカ号観測機ですが、戦況の変化から新しい任務を負うことになります。それが、艦載の対潜哨戒機としての任務でした。
 日本陸軍は、独自の海上護衛兵力を整備しようと計画していました。いわば、もうひとつの「海軍」です。
 この奇妙な事態は、海軍は海上護衛に熱心で無いという不満に、ひとつの原因があったと言われます。ただ、当初は海軍に相談せずに計画していた辺り、自由に使える海上兵力を持ちたい、という意識もあったのでしょう。

 計画の中心として、陸軍専用の護送空母が求められました。
 まず、一般輸送船に簡単な改装を施し、カ号観測機を搭載することを考えたようです。具体的には、竣工近い2D型戦標船(貨物船)5隻に小さな飛行甲板(14m×40m)を追加して、4機の「カ号」を搭載する計画でした。2D型の特色である舟艇搭載能力を阻害しないことを目標に、貨物輸送力は半分ほど維持する予定だったといいます。
akitumaru.png とりあえず、発着艦実験が行われることになります。使用されたのは、丙型特殊船「あきつ丸」(左)でした。
 1943年6月4日、瀬戸内海で行われた実験は、なんとか成功します。船尾のデリックポストを装備したままだったため、非常に危険な状況での実験だったようです。かくて日本最初の回転翼の海鳥は、海軍ではなく陸軍の、しかも航空部門ではなく砲兵部門によって実現されたのでした。(第11回へ続く
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