山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

回転翼の海鳥たち(第13回)

13.ワルキューレの騎行
 今では軍事用語としてすっかりおなじみになった「強襲揚陸艦」という言葉があります。ヘリコプターなどで部隊を空輸する方式の上陸作戦用の軍艦です。
crossroad.jpg 第二次世界大戦後、この強襲揚陸という発想が生まれた背景には、核兵器の実用化という事情があったと言われます。戦艦「長門」が沈んだ核実験「クロスロード作戦」(1946年7月写真)のように、大艦隊・船団が1発の核兵器で全滅する可能性がでてきたのです。そこで、大船団でゆっくりと上陸する代わりに、輸送ヘリを使って短時間に上陸部隊を送り込めないかと考えられたわけです。

 強襲揚陸の研究に取り掛かった米海兵隊は、1947年12月に、ヘリコプター実験部隊HMX-1を編成します。
 翌1948年には、護送空母「パラウPalau」に搭載されたHO3S-1(S-51)を使った、最初の揚陸実験が行われます。わずか5機を使い、たった10人の兵員を輸送しただけですが、大成功との評価を得ることができました。同年8月にも、同じ「パラウ」とHO3S-1が8機の組み合わせで上陸演習に参加しています。「エセックスEssex」級空母でも同様の実験があったようです。

 1950年、朝鮮戦争が勃発。
 さっそく、海兵隊のヘリ部隊も派遣されることになります。HMX-1から抽出したHO3S-1ヘリ4機と人員、それに固定翼のOY-1観測機(L-5海軍仕様)からなる実戦部隊VMO-6が編成され、護送空母「バドエン・ストレイトBadoeng Strait」に乗って釜山へと向かいます。地上に展開したVMO-6は、観測や救助任務に活躍。任務の合間を見て、空母での夜間発着実験なども行われました。
 さらに、翌年9月には輸送ヘリ部隊HMR-1も派遣され、新型のHRS-1(S-55海軍仕様)ヘリ15機を使って成功を収めます。シコルスキーS- 55は、S-51を拡大改良したもので、兵員10名を輸送可能という画期的な性能を誇り、初期の傑作といわれる機体です。強襲的な運用こそ無かったものの、1個中隊を一挙に輸送するなどしています。s55.png
 このほか、朝鮮戦争では、陸海空軍のヘリコプターが本格的に使用され、その存在価値を知らしめました。(追記参照)

 米国以外でも、ヘリコプターの運用は一気に広まります。
 特に英海軍が強襲揚陸の可能性に注目し、1953年には空母「シーシュースTheseus」からウエストランド「ホワールウィンドWhirlwind」(S-55のライセンス型)1個中隊を運用しています。
 そして、1956年のスエズ動乱において、空母「シーシュース」「オーシャンOcean」の2隻による世界初のヘリ強襲揚陸を実行しています。2隻合計で22機のS-55を飛ばして、415名のコマンド部隊をポートサイドに上陸させました。数機が被弾しましたが、失われたのは事故による1機のみでした。このとき、フランス海軍も空母「アロマンシュArromanches」などにヘリコプターを搭載して行動しています。

 こうして強襲揚陸が現実的になると、臨時に空母を使うのでなく、上陸部隊の収容設備のある専用の母艦が欲しくなってきます。朝鮮戦争中の1951年には、「パラウ」での実験を踏まえた米海兵隊は、はやくも専用艦の要求をしています。
s58.png 1955年になって、米海兵隊についに護送空母2隻の改装予算がつきます。これに基づき翌年に実現したのが、強襲ヘリ空母CVHA「セティス・ベイThetis Bay」でした。S-55をさらに発展させたHUS-1(S-58輸送型の海軍名。後にUH-34に改名。)を16機搭載し、兵員390名を収容という性能です。世界初の本物の強襲揚陸艦になります。しかし、護送空母ベースでは性能不足と判明し、2番艦はキャンセルされてしまいます。
 代わって、1958年には新造の強襲揚陸艦LPHの予算がつきます。後の「イオージマIwo Jima」級の始まりです。さらに、「エセックス」級空母「ボクサーBoxer」など3隻も、対潜空母から強襲揚陸艦へと改装が行われています。

 同じ頃、スエズ動乱で成功した英海軍も、コマンド母艦Commando Carrierの名の下に強襲揚陸艦保有を決め、空母「アルビオンAlbion」「ブルワークBulwark」の2隻を改装しています。この2隻は1961年のクウェート紛争で早速実戦投入されています。
LST_osumi.png 仏海軍も強襲揚陸機能のあるヘリ巡洋艦「ジャンヌ・ダルクJeanne d'Arc」の建造をし、かくて強襲揚陸という発想は、世界の海軍に広く受け入れられるに至りました。本格的な強襲揚陸艦でなくても、多くの揚陸艦にヘリコプター運用能力が付されるようになっていきます。(画像は日本の輸送艦「おおすみ」)
 発展した強襲揚陸艦は、ベトナム戦争や湾岸戦争などでおおいにその力を発揮することになります。(第14回に続く

追記
 なお、米海兵隊の最初のヘリ実験部隊HMX-1は現在でも存続しており、新型機などの研究のほか、大統領専用ヘリコプターの運用を担当していることで知られます。

 朝鮮戦争では、米海軍は空母のほか戦艦・巡洋艦にもヘリコプターを搭載して、連絡や弾着観測に使用しました。
 日本の掃海部隊が参加したことで知られる元山上陸作戦(1950年10月)の際には、艦載ヘリを機雷捜索にも使用しています。救助飛行の際に偶然機雷を発見したことから、投入が決まったようです。日本側の記録にもしばしば登場します。一部の機体は、現地改造で機銃を搭載していました。LST型揚陸艦を改装したヘリ掃海母艦も、1950年末に投入されたようです。
 ヘリコプター最大の活躍は救助用としてで、各軍合計25000人以上を救ったとも言われます。
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