山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

回転翼の海鳥たち(第15回)

15.Hunter&Killer
 第二次大戦中から期待されていた対潜作戦機としての艦載ヘリも1950年代中期には、なんとか形になってきました。吊下ソナー(1945年搭載試験)、対潜魚雷(1950年搭載試験)などの装備が揃い、S-55のように信頼の置ける機体も出てきたからです。
 1953年、米海軍は、シコルスキー社にS-55を発展させた対潜ヘリの開発を命じます。その成果として1954年に初飛行したのが、世界最初の本格対潜ヘリHSS-1(後SH-34に改称。既出のS-58系の最初の実用機)です。
hss1.png 本格対潜ヘリといっても、HSS-1は、まだ搭載能力が不足していました。そこで、捜索装備をした追跡機Hunterと、魚雷を装備した攻撃機Killerの2機以上を組にして使うハンター・キラー方式を採っています。
 対潜空母には、固定翼対潜機に並んでHSS-1部隊が搭載されるようになりました。

 一方、空母以外の艦艇への対潜ヘリ搭載で先陣を切ったのは、カナダ海軍でした。大量のソ連潜水艦と高速の原子力潜水艦時代到来に対応するため、小型艦への有力な対潜機搭載の可能性を探り始めたと言われます。
 1956年、カナダ海軍は、河級フリゲート「バッキンガムBuckingham」に仮設飛行甲板を設置し、空母用に保有していたH04S-3対潜ヘリ(S-55系)の搭載実験をはじめます。翌年には、「サン・ローランSt.Laurent」級護送駆逐艦「オタワOttawa」を改造して、さらに研究を続けます。
 小型艦への搭載で問題となったのが、着艦の困難さでした。カナダ海軍は「ベア・トラップBeartrap」と呼ばれる降着補助装置を開発することで、この問題を解決します。ヘリコプターと艦をケーブルでつないだ後、艦側でケーブルを巻き取り、拘束具で確保することで安全に着艦できる仕組みです。この装置は各国に広まり、今でも使用されています。

 カナダ海軍は、「サン・ローラン」級7隻をヘリコプター護送駆逐艦に改装。ベアトラップ装備など所要の改装を受けて、最初の艦が再就役したのは1963年のことです。
 搭載機にはCH-124、すなわちHSS-2「シーキングSea-King」(S-61対潜型。後にSH-3と改称)のカナダ仕様が選ばれ、1機が搭載されました。これはHSS-1の後継機として、本来は空母搭載用に開発された大型機です。それまでのレシプロエンジンより強力・軽量なタービンエンジンを使用することで、捜索装備と攻撃兵装の両立を実現した画期的な機体でした。
 このほか、改良型の「アナポリスAnnapolis」級2隻の新造も行われています。(1964年就役)

 ほぼ同じ頃1958年、英海軍も、新造艦としては世界初のヘリ搭載小型艦となる部族Tribal級フリゲートの建造を開始します。1番艦「アシャンティAshanti」は、カナダ海軍の改装艦の再就役よりも早い、1961年11月に就役しています。
 ただし、搭載機は小型のS-58系やウエストランド「ワスプWasp」で、独自の捜索装備を持たない限定的な対潜性能でした。対潜性能という面だけ見ると、米海軍の無人対潜ヘリDASHに近い魚雷運搬機に留まったようです。
 1962年には、イタリア海軍も、新造のヘリ搭載フリゲート「カルロ・ベルガミーニCarlo Bergamini」級を就役させています。わずか基準排水量1400t余の小型艦で、竣工時の搭載機は、アグスタ社がライセンス生産したベル47の改良機でした。(第16回へつづく
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