山猫文庫第3版

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回転翼の海鳥たち(第18回)

18.赤い赤いカモフカモフ
 米海軍を代表する艦載ヘリのメーカーは、シコルスキー社といういかにもロシア風の名前ですが、これは創設者シコルスキー氏がロシアからの亡命者だったからです。

 他の国で始まったのと同様、ロシア=ソ連でも、独自に艦載回転翼機の開発が進められてきました。亡命以前のシコルスキーもヘリコプターの研究をしていたようですが、ソ連で実用級の回転翼機が誕生したのは1930年代になってからです。輸入したシエルバ系オートジャイロの模倣から始まったその研究の、中心にいた人物がニコライ・カモフ(Nikolai Kamov)でした。
 1934年に実用級のカモフA-7オートジャイロの初飛行に成功すると、2年後の1936年には改良型A-7bis(A-7-3)の軍用観測機としての制式採用にこぎつけます。A-7bisは7.62mm機銃3丁のほかにロケット弾まで搭載でき、おそらく史上初の本格的な武装回転翼機です。第二次世界大戦中には、少なくとも5機が第163戦闘機連隊に配備され、1941年にスモレンスク付近で連絡任務やビラ散布に実戦投入されたようです。1939年のノモンハン事件にソ連軍のオートジャイロが出現したという話を聞いたことがありますが、もし事実であればA-7bisであろうと思います。
 そして、このA-7bisは、ソ連にとって最初の艦載回転翼機でもあります。1938年にパパーニン観測隊の救出に向かった砕氷艦「イェルマーク(Yermak)」に、A-7bisが1機臨時搭載されていたと言われます。もっとも、本家シエルバのようなジャンプ発進が可能と思えないので、一旦氷上に降ろして滑走する必要があったのではないかと思いますが。

 一方、実用級ヘリコプターの開発に成功したのは、第二次世界大戦後の1947年初飛行の単座機カモフKa-8ででした。カモフ系列のヘリコプターは、二重反転ローターという形式が特徴ですが、この最初のKa-8もすでに二重反転ローターを採用しています。
 二重反転ローターとは、主ローターを二段重にして逆回転させることで、機体への回転トルクを打ち消す技術です。第一次世界大戦時にはすでにオーストリアが試験していたように、割合に古くから注目されていたものですが、量産化したのはカモフが嚆矢のようです。
 このKa-8にソ連海軍が注目します。さっそく改良型のKa-10が開発され、1950年末には、巡洋艦「マクシム・ゴーリキー(Maxim Gorky)」での艦上試験に成功しました。その後、黒海艦隊でより実戦的な艦上運用試験が始まり、1953年の演習時には連絡任務などに使用されています。

 しかし、運用試験を重ねるにつれ、小型すぎるKa-10の限界が見えてきます。単座機では連絡将校を運ぶこともできませんし、なんといっても開放式コクピットでは、ロシア領海上空は寒すぎたようです。
 そこで新型艦上ヘリの競争試作が命じられます。カモフ設計局と戦うは、東側回転翼機のもう一方の雄ミーリ(ミル)設計局。完成したカモフKa-15とミーリMi-1により、巡洋艦「ミハイル・クトゥーゾフ(Mikhail Kutuzov)」上での比較試験が行われた結果、見事勝利を収めたのはカモフでした。テール・ローター方式なので「しっぽ」の分だけ全長の長いMi-1に対し、二重反転ローターのおかげで「しっぽ」の無いKa-15のほうが、コンパクトで艦上運用に向いているとの判定になったのです。
 ライバルを破ったカモフは、現在に至るまでソ連=ロシアの艦上ヘリを独占することに成功しています。

 1958年から、56型(コトリン級)駆逐艦「スヴェトリィ(Svetly)」にヘリ甲板が装着され、対潜型Ka-15の試験が始まります。西側の初期対潜ヘリがハンター・キラー方式の 2機組で運用されたのと似て、搭載力の関係上、爆雷を積んだ攻撃機とソノブイ運搬機、それにソノブイの受信解析機の3機組でないと作戦できなかったようです。その後、Ka-15搭載の57型(クルップニイ級)駆逐艦8隻を建造し、62年10月に実戦配備しています。西側のベア・トラップのような着艦装置に相当する設備としては、甲板上に網を張って横滑りを防ぐ方式がとられていました。
kamov25.png  1966年には、より高性能のKa-25(ホーモン)の艦隊配備が始まります。Ka-25には、対潜用のA型のほか、長距離ミサイルの中間誘導装置を積んだB型などの派生型が生まれました。ただ、比較的小型の機体だったので対潜作戦時には2機組での使用が依然として必要でしたし、自動ホバリング機能が無いなどの弱点もありました。それでも、ソ連水上部隊は、本土をうかがう西側の戦略原潜に立ち向かうため、頼れる杖を手に入れたことになります。
 ヘリコプター巡洋艦「モスクワ(Moscow)」級も翌1967年に就役し、14機ものKa-25Aを搭載したこの艦は、ソ連艦載回転翼機史上のひとつの到達点となったのです。

 その後のソ連は、VTOL空母「キエフ(Kiev)」級や強襲揚陸艦「イワン・ロゴフ(Ivan Rogov)」級を就役させ、艦載ヘリの活用を広げていきました。
 そして、それらの艦上には、いつもカモフ設計局謹製のKa-25系列、新型のKa-27系列の二重反転ローター機が居たのでした。(第19回へ続く
kiev.png(「キエフ」級空母)
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