山猫文庫第3版

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サイダー瓶をリサイクルして火炎瓶

 ノモンハン事件というと、ソ連の大戦車隊に対し、火炎瓶を手にした日本兵というのが古典的なイメージだと思います。

 この対戦車兵器としての火炎瓶というのは、ノモンハン事件の少し前、1936年に起きたスペイン内戦中に大々的に使用されるようになったようです。現地を取材した日本人新聞記者は、国粋派のモロッコ人兵士が火炎瓶攻撃をするのを見聞きし、こんな原始的な戦法はモロッコ兵にしかできないと記しています。
 日本陸軍へ伝わったのも、スペイン内戦中に駐仏武官だった西浦進大尉(陸士34期)の報告によるようです。ノモンハン事件中の現場の発明だという話もありますが、戦闘序盤から使用しており、少なくとも将校クラスには事前の知識があったのでしょう。ちなみに西浦進は、戦後に防衛庁防衛研究所の初代戦史室長になる人物です。

 ノモンハンでの戦闘が拡大するにつれ、また火炎瓶が有効であるとの戦訓が広まるにつれ、日本陸軍は火炎瓶の大量配備に乗り出します。
 そこで必要になるのがガラス瓶です。1939年7月4日の東京朝日新聞に「空壜を動員 さあ炎熱の戦場へ贈らう」という記事が載っています。ノモンハンの戦場向けに大日本ビールとキリンビールがサイダー500万本の出荷を受注したので、在庫で足りない300万本分の空瓶回収に協力しようという内容です。7月22日に続報があり、第一波300万本は送ったから、あと200万本集めようとあります。
 「炎熱の戦場」という見出しでわかるようにあくまで飲料用ということですが、多分に火炎瓶材料用ではないかという気もします。数量が多くて兵士一人あて何本飲ませる気なのかと怪しまれそうですが、実数がわからなくてかえって防諜上有利なのでしょうか。

 火炎瓶の実際の効果の程ですが、ソ連側の調査によると、装甲車両の損失原因の1割以下だったようです。対戦車砲によるものが75%以上なのと比べると少ないです。随伴歩兵や警戒隊形が欠けていた7月冒頭を除くと、襲撃は困難でした。戦車小隊を前後2列に分けて警戒させる「チェス隊形」が採用されてからは、火炎瓶被害は皆無となったとソ連軍は記録しています。
 それでも歩兵の自衛用として、無いよりはずっと良かったものと思います。敵戦車を陣地に近寄りにくくさせただけでも、歩兵の被害は減ります。柔らかな砂地のため地雷が使用しにくいノモンハンの戦場で、代わりに牽制効果を得る手段として意味があったはずです。対戦車砲などで擱座させた戦車に火炎瓶でとどめを刺すことで、修理・再使用を防止する効果もありました。
 事件後半になって火炎瓶の効果が薄れた一因としては、序盤のソ連戦車は長距離走行をした後で車体が過熱していたのが、後半にはそういうことは無かったからとも言われます。日本軍は火炎瓶を着火しないで投げることも多く、車体が過熱していないと発火してくれなかったようです。そういった事情の分析、いわゆるオペレーションズ・リサーチが欠けていたので、成果を減少させてしまったのだと非難されるところでもあります。
 なお、火炎瓶対策として、ノモンハン事件後半にはソ連軍が発火しにくいディーゼルエンジン戦車を投入したと言われてきましたが、事実ではないようです。ソ連側に該当するような記録は残っておらず、ディーゼルエンジン装備車の生産時期ももっと後だそうです。スペイン内戦からノモンハン事件、さらにはフィンランド冬戦争のモロトフカクテルと散々苦労させられたことが、ディーゼルエンジン採用に影響したのは事実のようですが。

関連記事
ノモンハン事件の対戦車兵器あれこれ」(2009年11月26日)

参考文献
マクシム・コロミーエツ「ノモンハン戦車戦」(大日本絵画、2005年)
徳田八郎衛「間に合わなかった兵器―もう一つの第二次世界大戦」(光人社NF文庫、2001年)
坂井米夫「動乱のスペイン報告―ヴァガボンド通信一九三七年」(彩流社、1980年)

追記:(2016年1月24日)サイダー瓶募集が主に火炎瓶用というのは勇み足と思うので修正。
Comment
2010.02.14 Sun 17:21  |  1993 #-
ノモンハン戦の事について調べていて辿り着きました。
自分も単純に火炎瓶による肉迫攻撃というけれど、それはどう確立されて得られたものであるか疑問でありました。

なるほど、スペイン内戦から得られていた……

当時の戦記などからは、肉迫攻撃班というようなものが登場しますが、
そこでも火炎瓶は携行地雷などと同様に重要な歩兵の対戦車戦力として、扱われていますよね。
  [URL] [Edit]
2010.02.17 Wed 14:23  |  山猫男爵 #-
宛:1993さま
いらっしゃいませ。
ノモンハン事件というのは、旧来の通説が動いたりしてとても面白いところだと思います。

たしかに火炎瓶が歩兵にとっては重要兵器だったようですね。
破甲爆雷などの制式の肉薄攻撃資材が、威力不足だったり、
手で直接取り付ける必要があったりで、使い勝手が悪いせいもあったのかなと思ってます。
まあ数量の問題が大きい気もしますが。
返信  [URL] [Edit]
2010.02.19 Fri 23:40  |  1993 #-
返信ありがとうございます。
>破甲爆雷などの制式の肉薄攻撃資材が、威力不足
破甲爆雷が威力不足とは知りませんでした。
勉強不足を露呈させられる・・・。
確かにキャタピラなんかを撃破とか、あったかなそういえば。

旧来の通説というものは結構な厄介ですね。
火炎瓶にしてもその当事者の言葉を検証してみるまでが、また難しい所だと思います。
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