山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国―

田中克彦「ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国―」
                       (岩波新書、2009年)

ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国 (岩波新書)総合評価:★★★★★

 日本とソ連という大国間の軍事衝突となったノモンハン事件だが、直接の国境当事者はモンゴルと満州国であった。彼らはただの傀儡国家、あるいは巻き添えになった不運な犠牲者だったのか、それとも大国に流されるだけではなくて独自の試みもあったのか。
 モンゴル人にとっては「事件」を超えた「戦争」であった戦いについて、モンゴルに造詣の深い研究者が新たな視点を提示する。
 現在のノモンハン事件研究の中心的人物の一人による本書ですが、ノモンハン事件について初めて学ぶという方には、あまりお勧めできない本です。そういう方には半藤一利「ノモンハンの夏」(文春文庫、2001年)が向いています。
 しかし、非常に重要かつ興味深い新しい内容を含んだ研究書です。純粋な軍事面を追いたい向きには、半藤の次はアルヴィン・クックス「ノモンハン」(朝日文庫、1994年)に進んでいただくとして、政治的背景を含んだ歴史としてノモンハン事件を知りたい方には、2冊目の候補として欲しい本です。

 本書の視線は、戦場の背景、ノモンハン事件頃の分断国家モンゴルに向けられています。すなわち副題のモンゴル人民共和国(外蒙古)と満洲国に加えて、蒙古自治政府(内蒙古、徳王政権)、支族のブリヤート人たちにも若干触れます。ロシア人にとっては恐怖の汎モンゴルであるところ。
 その中でも、モンゴル人民共和国の内幕が中心です。独立以後のソ連の干渉と、首相ゲンデンらの抵抗、そしてソ連とチョイバルサンによって行われた大規模な粛清。大粛清では、ノモンハン事件でのモンゴル軍死者の100倍にも及ぶ犠牲者を出し、登場するモンゴル要人たちも大半が落命していく様は悲劇としか言いようがありません。このようにソ連の抑圧が強いモンゴル側から見たときに、満州国の興安省でのバルガ族による自治が魅力的に思えたというのは、傀儡政権という印象の強い日本から見た満州国とは違っていて、視点を変えた研究の面白さがありました。
 また、よりノモンハン事件に関わりの深い部分としては、前哨戦ともいうべきハルハ廟事件やマンチューリ(満州里)会議のことが、比較的に詳しくまとめられています。モンゴルのG・サンボーらと満州国の凌陞やウルジン将軍の交渉と通謀、日本とソ連による圧殺という過程が描かれます。モンゴルの研究者が提唱した、マンチューリ会議が成功していればノモンハン事件は避けられたのではないかという歴史のif仮説も紹介しています。

 全編を通じて、モンゴル人への優しい親しみにあふれた考察、文章です。陰惨な大粛清を進めたチョイバルサンにさえ、一章を割いて意外に情愛のある側面を紹介し、弁護を試みています。正直なところ、モンゴルに肩入れし過ぎ、マンチューリ会議などは過大評価しているのではないかと感じたほどです。
 ただ、手軽な新書でありながら、参考文献の出典情報が非常に丁寧に付けられていて、論者の主張を検証する手掛かりは豊富にあります。ゆえに疑わしいと思えば、各人が検証可能なようになっており、少々の偏りがあろうとも問題はありません。日本の一般人ではなかなか発見できないような、モンゴル語やロシア語の文献を紹介していることの意味は大きいと思います。(存在を知ったところで、原語で読めるかどうかという問題はさておき)

 なお、一点気になったのは、あとがきに出てきた現地旅行団でのエピソードです。元兵士の参加者の発言に対して、「英霊に云々」と怒鳴りつける元連隊旗手が登場するところ、実は早期に負傷後退して末期の前線を知らない将校なのだとされています。
 名前は伏せられているのですが、おそらくノモンハン会の事務局長を務められていた阿部武彦(旧姓河添、歩兵第71連隊旗手)のことであろうと思います。そうであれば負傷したのはたしか8月28日で、ソ連軍の8月攻勢の最後です。実情を知らないというのは誤伝となります。

総合評価:★★★★★(ノモンハン事件の政治的背景やモンゴル史に興味を持ったら是非)
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