山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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鋼棺戦史(第4部 ビルマの落日・第1章・前編)

1.方面軍に唯一つ

 木曾殿はただ一騎、粟津の松原へ駆けたまふが、
 正月二十一日、入相ばかりのことなるに、薄氷張つたりけり。
 深田ありとも知らずして、馬をざつと打ち入れたれば、馬のかしらも見えざりけり。
 あふれどもあふれども、打てども打てども働かず。
                        ―「平家物語」より「木曽の最期」―

 島嶼戦が中心だった太平洋戦争の戦場の中で、珍しく大陸的要素が強く大規模な戦車部隊の運用に適した戦場であったのが、ビルマ戦線です。悪名高いインパール作戦が行われた戦場として知られます。
 南方作戦でビルマを占領した日本軍は、1943年に緬甸方面軍を設置して防衛にあたらせていました。その隷下には、インパール作戦の前の1944年初め時点で、3個軍=9個歩兵師団・1個混成旅団の大きな兵力を有していました。しかし、戦場の特性や大兵力の存在にも関わらず、装甲戦力はあまり置かれていませんでした。侵攻作戦時には2個戦車連隊が投入されたものの、うち戦車第1連隊は攻略後に満州へ帰還したため、戦車第14連隊だけが方面軍隷下のまとまった装甲戦力でした(注1)。

bakri19420118_03withIndiancar.jpg 戦車第14連隊は、1939年11月に3個の独立軽装甲車中隊を統合して編成された部隊で、北部仏印進駐・マレー作戦・ビルマ攻略作戦と転戦してきた歴戦の部隊です。マレー作戦では、バクリ付近の戦闘でオーストラリア軍の待ち伏せを受け、五反田重雄中尉指揮の第3中隊が全滅する損害を受けています(右画像)。1944年3月時点の連隊長は上田信夫中佐。
 歴戦の部隊らしく、戦車第14連隊の装備は興味深い変遷をたどっています。当初の装備車両は独立軽装甲車時代からの94式軽装甲車で、仏印進駐時も連隊本部などに少数の95式軽戦車を有するだけでした。それが太平洋戦争突入時には装備更新が進んで95式軽戦車が主力となり、連隊本部や材料廠の軽装甲車と混成になっています。ビルマ攻略戦の後に再度更新が行われ、対戦車戦闘力の優れた47mm砲装備の97式中戦車(いわゆるチハ改)が主力となりました。なお、このとき余剰となった95式軽戦車のうち4両は、捜索第56連隊の装備更新に充てられています。
 上記の主力戦車のほかに、珍しい兵器もたくさん持っていました。制式兵器では、最新鋭の一式砲戦車が極少数のみながら支給されていました。チハ改が主力だったことと合わせると、戦車戦を想定して優先的に対戦車能力強化が図られていたようです。また、「日本軍最強戦車」とも言われる鹵獲品のM3軽戦車も相当数保有していました。チハ改への装備更新中の1943年前半には、隷下3個中隊が95式軽戦車・チハ改・M3軽戦車各1個小隊という編制だったほどです。同じく鹵獲装備としては、広東省で鹵獲した中国軍の装輪装甲車1両も、材料廠の連絡用などに使っていました。
 戦車の改造も色々とやっていたようです。チハ改の一部には、M3軽戦車の残骸から外した装甲板をボルト止めして二重装甲型とし、主に小隊長車として運用していました。イギリス軍の6ポンド対戦車砲程度には対抗できたといいます。日本陸軍において、制式兵器の現地改造は軍の権威を傷つけるとして本来は許されなかったようですが、ボルト止めで着脱可能という便法で規制を潜脱したのだそうです。また、物資運搬用に、鹵獲トラック改造のトレーラーを製作し、各中隊に2両ずつ配備していました。正式な改造例としては、戦車用クーラーなんて贅沢品が少数支給されたこともあります。残念ながら冷媒のフロンの補給が絶えて、インパール作戦時には撤去されたようですが(詳細は別記事参照)。

 インパール作戦の準備が進む中、戦車第14連隊にはさらなる増強が行われました。第21師団及び第33師団の歩兵団装甲車中隊の編入です。
 第21歩兵団装甲車中隊は、元は第21師団捜索隊の装甲車中隊だった部隊で、太平洋戦争前の1941年に師団捜索隊の復帰に伴い改編されていました。フィリピン攻略時の第二次バターン作戦に参加後、北部仏印にいましたが、1943年12月に戦車第14連隊へ第5中隊として編合されることになりました。本来の装備は97式軽装甲車5両とトラック5両などで、連隊編入後に95式軽戦車も追加されたようです(注2)。
 第33歩兵団装甲車中隊の方は、捜索第33連隊の装甲車中隊だった部隊ですが、太平洋戦争前に同連隊は解隊されていました。第33師団の他部隊とともにビルマ攻略戦に参加、そのままビルマに展開していたものです。装甲戦力の集中使用という趣旨と、インパール作戦に向けた第33師団の軽量化という事情から、戦車第14連隊に編合されたのではないでしょうか。本来の主力装備は94式軽装甲車5両でしたが、ビルマ攻略戦中に鹵獲したM3軽戦車で装備更新しており、編入時にはM3軽戦車5両とGMCトラック(鹵獲品)3両を保有していました。1944年3月5日にヤザギョウで連隊主力に合流しています。
 以上の増強の結果、1944年3月のインパール作戦開始時の戦車第14連隊は、本部・5個戦車中隊・1個砲戦車小隊・材料廠(整備中隊?)というなかなか充実した編制になっていました(注3)。装備した装甲戦闘車両の総数は資料によってばらつきがあり、連隊史によると合計で66両、戦史叢書では52両。軽装甲車や、予備として持っていたらしい戦車第1連隊残置の再生品が、勘定に入るかどうかで数値が違うのかもしれません。

インパール作戦地図 インパール作戦開始時、戦車第14連隊主力は、歩兵第213連隊第2大隊基幹の山本支隊(山本募少将)に配属されました。山本支隊は、パレル道からパレル飛行場を制圧しつつインパールへと侵攻する任務で、2個重砲兵連隊など重装備を集中された部隊です。軽装甲車の第5中隊だけは、第33師団主力方面のティディム道に回っています。
 夜間行動を中心に前進した戦車連隊は、3月14日、ウィトックで最初の戦闘に突入しました。連隊は2個歩兵中隊とともに薄暮攻撃を試みますが、地雷原に阻まれて1時間程度で停止してしまいます。態勢を立て直すうちに英軍は次の拠点のタムへと後退していました。
 気を取り直してタムへと追撃に移った戦車第14連隊は、3月20日、途中のパンタ付近で英軍戦車部隊との直接対決を迎えます。先遣任務の第3中隊第4小隊の95式軽戦車3両が、第3カラビニエ連隊(第3銃騎兵連隊、3rd Carabiniers)のM3リー中戦車小隊(6両?)と遭遇したのです。彼我の性能差は絶望的で、日本側は2両炎上・1両撃破鹵獲とたちまち全滅させられてしまいました(注4)。イギリス側は、日本戦車兵はパニックに陥って無謀にも突進してきたと記録しています。
 しかし、日本側もやられっぱなしではありません。同じ中隊の第3小隊のM3軽戦車が駆けつけ、側方に回り込んで機関部を集中射撃すると、格上のM3中戦車1両を炎上させるのに成功したのです。英軍は撤退し、かろうじて戦車第14連隊は戦場を支配できました。
 このパンタの戦闘で鹵獲された95式軽戦車は、インドに空輸され、整備後に各種の性能テストに供されました。その時に撮影された記録動画(撮影日:1944年5月3日)が下のものです。車体前面下部の逆Yの字マークは、戦車第14連隊が早くから使い続けている第3中隊の識別マーク。砲塔に取り付けられた板の縦三本の白線も、おそらく第3中隊を意味します。なお、現在はイギリスのボービントン戦車博物館に展示されているようです。(中編に続く



注記
1 他の在ビルマ機甲部隊としては、捜索連隊が4個、戦車中隊付きの騎兵連隊1個が一応ありました。うち捜索第2連隊は、特設戦車隊(中戦車)・軽戦車中隊・装甲車中隊1個ずつと乗車中隊2個を有し、比較的有力でした。捜索第56連隊・捜索第54連隊も、装甲車中隊と乗車中隊2個ずつから成り、特に捜索第56連隊は若干の戦車を保有しました。

2 「戦車第十四聯隊戦記」・254~255頁。この点、現物未確認ですが、陸戦史集「インパール作戦」では第5中隊の装備をM3軽戦車としているようです。しかし、同じく本来は軽装甲車装備であった第4中隊との混同と思われます。

3 第1~3中隊の編制は、いずれもチハ改2個小隊・M3軽戦車1個小隊・95式軽戦車1個小隊の計4個小隊ではないかと思います。1943年時点からチハ改が増強されたうえ、第3中隊の第3小隊がM3軽戦車、第4小隊が95式軽戦車だったことからの推定です。
 砲戦車小隊には、1式砲戦車のほか、小隊長車として97式中戦車が配備されていました。

4 英軍記録によると、日本戦車5両を撃破し1両を鹵獲となっているようですが、日本側の損害記録が正しいものと思われます。
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