山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

月は無慈悲な夜の女王

ロバート・A・ハインライン「月は無慈悲な夜の女王」
       矢野 徹訳(原題:“THE MOON IS A HARSH MISTRESS”)(ハヤカワ文庫,1976)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)総合評価:★★★★☆
 流刑植民地として生まれ、地球政府の圧政下、搾取を受ける月世界都市群。そこで、一人のコンピュータ技師と、自我に目覚めた中枢コンピュータが中心となり、ついに独立運動が本格化する。
 月行政府は打倒されるものの、事態は人類史上初の星間戦争へと発展。出撃する地球艦隊。対する月独立軍の切り札は?
 読んだことが無くとも、邦題は聞き覚えがあるかもしれない、米国人SF作家ハインラインの代表作。
 アメリカ独立革命の宇宙版といえば、愛国者のハインラインらしいとも言えます。
 もっとも本作は若干毛色が違います。例えば、月世界は共産主義的であったり。そう単純に祖国を妄信しているわけでもないのではないか。この作品で、私にはそう思えました。
 SF的仕掛けとしてはコンピュータの覚醒、月軍の切り札など、いろいろと興味深い作品なのは間違いないのです

 さて、この一冊、最大の問題は日本語訳にあるのではと思っています。
 『見られる通り、肘から先はないんだ。それでおれは一ダースもの左腕を持っており、それぞれが特別のものであり、そのほかに生身のものと同じに見え感じられもするのを一本持っているんだ。適当な左腕(三号)と立体拡大眼鏡をつけるとおれは超極微細機械類を修理でき、それが何かをはずして地球の工場へ送らないですませられることになるのだ――というのは三号には神経外科医が使うのと同じほど優秀な極微操作人工腕がついているからだ。』(16ページ)

 「極微操作人工腕」など逐語訳的な妙な単語が続出します。加えて「-」(ダッシュ)や「…」(三点リーダ)、「それ」という指示語・代名詞が、やたらと目に付きます。文末は「~んだ。」ばかり。この調子で600ページ近くを読んでいくと考えると、中々辛いものがあります。
 どうも、訳者の故矢野氏の信念によるもののようです。出典を失念してしまったのですが、矢野氏は、「原文と照らして、どの訳がどの語なのかわかるような訳」をするべきだと述べておられます。
 なお、矢野氏ご自身の日本語は、あとがきを見ればわかるとおり、ごく普通に読める文章です。おそらく、訳文もこなれた日本語にするのは容易だったはずと思われます。同じくあとがきでの、邦題についての記述も興味深いかと思います。
 矢野氏の翻訳方針の熱烈な支持者も多いようです。2ちゃんねるの関連スレッドを覗くと、過去ログに議論の後が見受けられます。

 私はあまり矢野氏の方針に感心しません。訳書を購入する人間は、その内容を原文を読むよりも容易に知るために、代金を支払うものです。外国語の学習補助のためではありません。
 原書の雰囲気を損なわないために意訳は避けるべきという人もいますが、これでは中学生が辞書と首っ引きになってした訳と一緒になってしまいます。名文も悪文も見分けがつくとは思えません。

 現在のところ、「月は無慈悲な夜の女王」の和訳は一種しか存在しないようです。同じハインラインの著作を読むのなら、より読みやすい(個人的には最上の部類と感じます。)訳のある「夏への扉」(ハヤカワ版は福島正実訳)から入るのをお勧めします。

総合評価:★★★★☆(星4つ。おしむらくは、やはり訳が……。)
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