山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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ツェッペリン飛行船

 とても気持ちのいい、澄み切った秋晴れの一日でした。
 真っ青な空に、白い飛行機雲が鮮やかです。最高です。
 いえ本当のところは、飛行機ではなく、飛行船が飛んでいたら最高なのにと思うのですが。


柘植久慶「ツェッペリン飛行船」
            (中央公論,1998年)

ツェッペリン飛行船 (中公文庫)総合評価:★★★★☆
 短い飛行船黄金期を綴るノンフィクション。写真多数を収録。
 アメリカ南北戦争を観戦していた一人のプロイセン陸軍士官がいた。彼の名は、フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵。戦場で気球を眼にした彼は、飛行船という考えに取り付かれてしまう。
 「阿呆伯爵」と呼ばれながらも、ついに全長126mの巨大飛行船を進空させることに成功する。時に十九世紀最後の年、西暦1900年7月2日。
 優秀な助手エッケナーの力もあり、以後、飛行船は、空の女王の座に君臨する。戦略兵器として投入された第一次世界大戦、日本にも寄った世界一周飛行。
 しかし、急速な飛行機の発達は、飛行船を追い抜いてゆく。そしてヒンデンブルク号の悲劇により、飛行船の時代は終焉を迎えるのであった。
 今でこそ、飛行船と言うと広告用で、東京ドームの中ばかり飛んでいるような姿ですが、かつては、100人以上の人を乗せて旅客用に使われた頃があったのです。例えば、世界一周に使われたLZ-127、その名も「ツェッペリン伯号」は、合計で1万3千人もの乗客を運んでいます。
 当時は、航続力と搭載力では飛行機を上回り、速度では船を圧倒する性能だったのです。しかも、三ツ星シェフが乗っているのですから。

 ただ、有名なヒンデンブルク号の炎上事故でも明らかな通り、水素ガスによって浮かぶことは、やはり危険でした。
 第一次世界大戦において、ドイツは80隻の飛行船を戦闘に使いましたが、50隻以上を400人近い乗員とともに失ってしまいます。
 アメリカは安全なヘリウム(今の風船に入ってる、吸うと声がドナルドになるあれです。)の開発に成功していたのですが、それを一切輸出しませんでしたので。

 本書の特徴は、豊富な写真です。世界一周中の「ツェッペリン伯号」を中心に、100葉を優に超えます。 世界各地を飛行中の姿、船内から見下ろした風景(ロンドン、モスクワ、ギザ、ニューヨーク、霞ヶ浦…)、骨組み丸見えの建造風景、飛行機とのランデブー、客室の情景、ツエッペリン伯爵ほか研究者たち。

 飛行船は、「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」などと形容されます。本来は、「デ~」とは演劇用語で、強引に物語を収束させる万能人物をさすそうです。とすると、飛行機に空を追われた飛行船は、デウス・エクス・マキナというより、それに幕を引かれた者というべきかもしれません。

 なお、文庫版も出ているようです。

総合評価:★★★★☆(テーマの珍しさと写真の豊富さを加味しての評価。)
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