山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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深海の使者

 最近の映画や小説の話をしていて、思い出したのですが、「終戦のローレライ」という潜水艦ものがしばらく前にヒットしたそうですね。
 私も、タイトルに魅かれて、書店で立ち読みはしてきました。大鳥島(米領ウェーキ)を使うアイディアなどは個人的に面白かったのです。


吉村昭「深海の使者」
             (文春文庫,1976)

深海の使者 (文春文庫)総合評価:★★★★★
 太平洋戦争が勃発して間もない昭和17年4月22日未明、一隻の大型潜水艦が密かにマレー半島のペナンを出航した。はるか三万キロもの彼方のドイツをめざして……。
 大戦中、日本と同盟国ドイツの間を結び、極秘資料や新兵器を輸送するために苦闘を続けた日本潜水艦の航跡を、多数の資料を基に追ったノンフィクション。
 第二次世界大戦時、日本・ドイツ・イタリアが同盟関係にあったわけですが、独伊間はともかくとして、地球の反対側、日本との間はどのように連絡・交通が行われていたのか。考えると不思議な話です。(そもそも、こんな遠くと同盟したのが不思議と言えば不思議ですが。)
 いくつかの方法がとられていました。「柳船」と呼ばれた武装商船(仮装巡洋艦・通商保護艦とも)による包囲網突破、長距離飛行機による連絡、もちろん暗号通信も。そして、本書が主題とする、潜水艦による輸送作戦。
 なぜ、潜水艦による必要があったかというと、柳船では機密資料は運べない(拿捕される虞がある)、飛行機はソ連領を通過できない(ソ連の対日参戦を恐れた日本側の要望)といった事情からのようです。
 しかし、潜水艦にとっても、敵制海圏を突破するのは困難でした。当時の潜水艦は、水中を航行し続けるのは数日が限度で、速力も水中では人が早歩きする程度が標準と言うレベル。日本潜水艦では5隻がその任務に就きますが、完全に成功したのは1隻だけでした。最後の1隻に至っては、なんとか大西洋に到着したときには、すでにノルマンディー上陸作戦により目的地が占領されていたという、皮肉な運命に見舞われることになります。

 本書を読んでいると、艦内の過酷な状況がひしひしと伝わってきます。もともと狭い潜水艦は、正規乗員に加え便乗者60名が乗り、床一面に食料が積み込まれてさらに狭くなります。赤道直下ではエアコンをつけても蒸し暑く、やむなく下着一枚。悪臭と酸素不足で食欲も無くなり、顔を洗う水すらないため、全身が垢に覆われます。
 それでも、乗員は任務に全力を尽くします。目的地のフランスへ着いたとき、死者の様に生気の無い顔をしながらも、甲板に不動で整列してみせるのです。
 ある艦長は、せっかくもらったドイツ製の新型レーダーをほとんど使いません。少しでも部品の消耗を抑えて持ち帰り、研究に役立てたいと考えたからでした。

 日本潜水艦の派遣記録のほか、本書では、前述したそれ以外の連絡の試みや、日本潜水艦隊の終戦についても少し触れられています。ドイツ潜水艦に便乗して日本を目指す途中、ドイツ降伏を迎え、自決した日本人技術者の悲劇。非公認ながら世界記録を作った、長距離飛行機。盗聴対策で、鹿児島弁で国際電話をした話等。

総合評価:★★★★★(新兵器輸送という任務にかけた救国の思いが伝わる。)
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