山猫文庫第3版

書評と軍事史関連のレポート、その他ニュースを見て感じたことなど日常のあれこれについて。 

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ケルト人のやり方

 ハロウィンが近づいて、オレンジ色のお化けかぼちゃが、ショーウィンドウなどに姿を見せています。
 もともとは「蛮族」ケルト人の大晦日だそうですね。
 海外作家のホラーやファンタジー作品のお決まりの題材です。例えば、レイ・ブラッドベリも、いくつも書いています。「十月のゲーム」「ハロウィーンがやってきた」……等々いずれもおすすめです。「何かが道をやってくる」も10月の話ですね。

 さて、昨日の記事の「サハラに舞う羽根」にも、ケルトの風習らしいものが出てきました。
 主人公ハリーの婚約者エスネが、ハリーとの婚約を解消して、思い出の品を整理する場面です。エスネは、ひとつだけ記念として手元に残しておこうと考えます。
 そして、『ポケットナイフで、まえに借りて返すのを忘れていたもの』を一度は手に取るのですが、止めます。『結局彼女もアイルランドの娘であり、自分では迷信など信じてはいないと思っていたが、それでも縁起の悪いことは少しでも避けたかった。』
 代わりに、彼女は、写真を一枚残すことにしています。

 エスネの出身地アイルランドは、ケルトの地とされますから、問題になっている『迷信』もケルトのものでしょう。
 ただ、私には、具体的にどういった部分が縁起が悪いのかが、よくわかりません。(1)返すのを忘れていたもの、である点なのか、それとも(2)ナイフあるいは刃物である点なのかのいずれかだろうと思うのですが。形見分けのようになってしまい、相手に実際に不幸が起こると言う言い伝えなのでしょうか。
 当時の英国人にとっては、こうした言い伝えの存在は常識だったのでしょうが、詳しく知らない私にはさっぱりです。そんな認識の違いを感じるのも楽しいのですけれどね。
 創元文庫から別な訳本が出ているので、そちらになら注があるでしょうか……と思ったのですが、近くの公立図書館で読んでみたところ、注はありませんでした。そもそも訳が若干違っています。ますます困りました。

昭和15年の君が代補遺

 昨日の記事「昭和15年の君が代論争」について若干補足を。
 昭和12年に初めて君が代の載った「修身」教科書は、こちらの「たむたむのページ」の国旗国歌のページで該当箇所を読むことができます。(現物のスキャン画像あり)

 当時問題になった新興宗教「ひとのみち」とは、今の「PL教団」につながるものとされるようです。当時も全国に130ほどの支部を持つ勢力でした。指導者が不敬罪で逮捕され、昭和12年4月には本部閉鎖命令が出ています。
 ちなみに、この当時話題になった新興宗教としては、神道系の「扶桑教一派」なるものが新聞に載っていました。『又も邪教の正体暴露 衣冠束帯姿に隠れて婦女十数名を犠へに 淫楽に耽る怪教主』(国民新聞昭和12年6月25日付)
 これは、自身たちの神を八百万の最高神として、教祖はこれを代表するものであることを根拠に、絶対服従を求めたとかいう事件のようです。開祖はインド系の書物にアイディアを得たとか。

 『学校よそに男女生徒数十名が桃いろ享楽』(国民新聞昭和12年2月28日付夕刊)という扇情的な題名の記事がありました。
 ここででてくる学生は16~18歳くらい。桃色享楽とはどんなことかというと、豊島園にピクニックをしたのをはじめ、海水浴、クリスマスの晩餐会、新年会などなどとあります。感覚がだいぶ違いますね。
 平日は午後中、授業をサボって煙草や酒を楽しんでいたともありますけど。

昭和15年の君が代論争

 最近話題の国歌斉唱・国歌教育ですが、戦前にも式典での君が代斉唱が、一大論争になったことがあるのは、ご存知でしょうか。

 今回の裁判でも問題になった教育と国歌という論点ですが、そもそも、君が代が教科書に載ったのは、そう昔のことではありません。実は、日中戦争真っ只中の昭和12年(1937年)に、修身の教科書に収録されたのが初めてなのだそうです。
 国内の軍国主義色が強まる中、国体観念の高揚に力を注ぐ文部大臣の肝いりで、教育改革の一環として導入が決まったものです。
 同時に、君が代の「万代不易の国体」を歌った意味をも教えることになりました。ところが、教師を含め、その由来などを解する者がいなかったことから、教員教育用の国策映画「君が代の由来」まで制作されることとなります。

 当時、『学校よそに男女生徒数十名が桃いろ享楽』にふける事件や、「ひとのみち」などの新興宗教の広まりが問題化していました。事変以来、不良少年が増加したとの指摘もあります。ある少年審判長(現在の家裁判事)は、その原因を『国民精神の弛緩』とコメントしています。
 その対策の意味も含め、教育改革の動きが進んでいました。例えば、『新日本精神を叩き込み』『西欧思想への批判力養成』をするという高等学校(現在の大学)の新教育方針も、定められています。具体的には、従来の個人本意の立場からの国家社会(社会契約論の意味か?)という説明から、『人の立場即ち日本人として生まれてきた国民の立場』に基づく説明へと転換が図られたり、天皇機関説排撃が盛り込まれたりしています。

 こうした流れの中、太平洋戦争突入前年の昭和15年(1940年)、君が代斉唱を巡り、ついに論争が勃発してしまいます。そのきっかけは、皇紀2600年の祝賀式典に際して、政府が、君が代斉唱のあり方について、強引な決定を行ったことにありました。

鰻と梅干

 今日は土用丑の日ということで、鰻(うなぎ)を食べる日ということになっているそうです。とか書いているうちに、もう日付は変わりましたが。
 この風習、「バレンタインチョコ」みたいに江戸時代に誰かが考えたそうですね。源内さんでは時代が合わないともいいますけど、とにかく誰か仕掛け人がいたのは確かなようです。由来はさておき、うなぎは大好物なので、食べる理由になるからちょうどいいのですけれど。

 ところで、うなぎと梅干は、どういうわけだか相性が悪いということになってるそうです。スイカと天婦羅なんてのと同じ、いわゆる食い合わせが悪いというのですが。
 これ、医学的根拠は見当たらないそうですね。スイカと天婦羅は、明らかにおなかを壊しそうですが、うなぎ梅干はむしろ体に良いらしいとか。
 じゃあ、味覚的にはどうかというと、鰻のくどさが酸味で消えて、これまた良い組み合わせのような気がします。ひつまぶしにすると、なおよろしいんじゃないかしら。

 では、この食い合わせ伝承の起源は、何なのでしょう。
 (1)たまたま当たった人がいて、以来定着した。
 (2)店員が鰻をツマミ食いするのに困った鰻屋の主人が一計を案じて、この伝承を創作して店員に信じ込ませた。そのうえで、毎食梅干を出すようにしてツマミ食いを止めさせた。なんて話もあるようですが。

 実は、これも鰻屋の販売戦略絡みだったという説があります。
 そもそも丑の日の鰻という仕掛けは、土用丑の日には「う」のつく食べ物を食べると良いという伝承が、すでにあったのを利用したといわれます。つまり、もともとは「う」なぎ以外の「う」めぼしでも良かったわけです。
 ところが、安い梅干で済まされては鰻屋としては面白くないわけです。そこで、これまた頭の良い誰かが、「土用丑の日の鰻」という売り文句と一緒に、「鰻と梅干」は食い合わせが悪いよという話を広めたのではないか、というわけです。
 あるいは、鰻屋に嫉妬した梅干屋のほうが、噂を広めて妨害しようとしたのかもしれません。
 ちなみに、今書いた2つの説は、私がたった今適当に考えた新説でありますので、人に話して笑われてもご勘弁を。

オコ・サマランチ会長

 先日書いた幻のバルセロナオリンピックについて、もう少し。
 せっかく見つけた小ねたがあるので、残りも使ってしまおうというだけの話なのですが。

 1992年バルセロナ大会の主会場となったのは、モンジュイックの丘にある「オリンピックスタジアムESTADI OLIMPIC」ですが、この競技場は、1936年の幻のバルセロナ五輪でも使われるはずだったのです。前回書いたカザルス氏の演奏があったのが、ちょうどここ。
 92年大会のときには、客席数を増やすために、競技フィールドを11mも掘り下げたそうです。つまり、カザルス氏が指揮していた辺りは、客席ないしは空中になってしまったということでしょうか。

 バルセロナ大会頃の国際オリンピック委員会IOCのサマランチJuan Antonio Samaranch会長は、スペイン出身です。この人の経歴が、なんともスペイン現代史を感じさせる気がします。
 1920年バルセロナで誕生。バルセロナが、オリンピック誘致を始めた年。
 おそらく青年期から、国家主義政党ファランヘFalange党員であったようです。内戦後のフランコ政権下では、スポーツ相などを務めています。
 1980年にIOC会長就任後はオリンピックの大改革を進めます。まあ、賛否両論あるようですけれど。
 そして、1992年にバルセロナ大会を実現。彼の側近によると、サマランチ氏自身は誘致に動いていないということですが、彼の影響が大きかったのは否定できないでしょうね。このバルセロナ大会は、スペイン民主化完了の象徴と言われます。

 バルセロナ五輪のことをスペインで話題にするときには注意が必要だと聞いたのですが、本当なのでしょうか。バルセロナのあるカタロニア地方以外の人に対して、お世辞のつもりでバルセロナ大会を褒めたりすると、えらいことになるとか。
 私は直接スペインの方と会ったことが無いのでわからないのですが、ありそうな話に思えます。五輪ではないですけれど、バルセロナ辺りで、「レアル・マドリード」を褒めると石を投げられそうな予感はいたします。
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山猫男爵

Author:山猫男爵
ここは「塹壕文庫」「山猫文庫第二壕」に続いて三代目のブログになります。
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Twitter:baron_yamaneko

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